LUZの熊野古道案内

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2008年 12月 07日

熊野の旅 それぞれの防災の日

 今の日本の防災の日は9月1日です。
 これは「関東大震災」のあった日です。
 首都を襲った大災害の日を国の防災の日にするのは当たり前でしょう。

 今日は『三重県地震防災の日』だそうです。
 昭和19年12月7日、『東南海大地震』が紀伊半島を襲った日です。
 この震災は『消された震災』なので殆んど記録が残っていません。
 敗戦の色が濃くなった時期ですから、「国民に動揺を与えないように・・・」、「アメリカに被害を知られないように・・・」と、報道管制が敷かれ、被災状況を記録した写真などもアマチュアの分を含め没収されてしまったのです。
 とうぜん、各村町には死者の数程度しか記録が無いのです。
 自分の身の回りと、噂しか知らされていない住民の記憶からは、この地震はすぐに忘れられてゆきました。
 二十数年前に南海・東南海地震の危険性と前回の地震の被害がものすごかったらしいことを話題にして、小馬鹿にされたくらいです。
 その当時ですと、震災被害にあって、救助や復旧にも当たった世代の人も若い人は60代だったのです。
 それでも、語り部的に体験を話せる人はごく限られていました。
 大泊、新鹿、遊木などでも、話を向けると、一生懸命思い出して、津波の遡った場所を思い出すくらいでした。
 まして、その地震が又起きるなんて考えても居ないようでしたね。

 国のほうで言い出してから、少しは頭に入れている人も居るようですが、大して対策は打てて居ませんね。
 V字型の湾の奥では、震源地が開口部方向にあれば津波は外海の高さの数倍になって陸地を襲うので、とてもじゃないが堤防では止められません。
 逃げるしか無いのです。
 幸い、そうした地形の所は平地が少なくすぐに裏が山になっています。
 走れば十分と掛からずにある程度の高さの場所には登れるはずなのです。
 ただ、震源地が近いと時間もないですね。
 早ければ5分ほど、まあ10分程度で襲ってくると思ってよいようです。
 間に合うかどうかは、とっさの判断に掛かってくるでしょうね。

 各地では、そうした裏山に上るルートの確保と誘導看板や太陽光発電による誘導標識などが整備されて来ています。
 高さを確保しにくい所では展望台のようなやぐらが作られたりしています。
 50年・100年・200年に一度の災害に備えているのです。
 熊野市は決して進んでいるとはいえません。

 役所では今日の日を『三重県地震防災の日』に指定してあります。
 おそらく各地で行事が行われているのでしょうね。
 ただ・・・住民は中々参加しないし、他人事みたいな様子です。

 全国各地には、こうした地震や水害などによる大災害の記録があり、それぞれにあわせた『防災の日』もあるのではないかと思います。
 話題にならなくても、広報誌などには載っているときもあるはずです。
 一度、調べてみて、自分の家や職場、通勤ルートのついて自分で点検して置かれたほうが、生き延びる確立が増えると思いますよ。
 役所には『ハザードマップ』なんて被害予想地図ができているところもあります。
 鵜呑みには出来ない大まかな物でも、参考にはなると思います。
 あとは、ご自分が生き延びたいかどうかですね。
 もう一つは、神や仏のご加護でしょうか?
 熊野詣をして置けば、例え命を落としても来世が約束されるそうですよ。
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木本町全図です

by je2luz | 2008-12-07 12:43 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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