LUZの熊野古道案内

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2008年 10月 30日

熊野の旅 商店街とイベント

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 昨日の続きになります。
 バンド名がこの写真で分かりました。
 『ラムディ パイプバンド』だそうです。太鼓に『OSAKA』と書いてありましたから本拠地は大阪のようです。
 大型観光バスで来ていました。
 
 このパレードの部分は『木本本町商店会』の主催するイベントになっています。
 本町は名の通り、木本のメインストリートだった道です。
 今でも、『世界遺産・熊野古道・伊勢道・浜街道』の入り口として観光的にも重要だろうと、認定されたらしく立派な石畳の道に生まれ変わりました。
 この道路は熊野市駅(旧紀伊木本駅)から鬼ヶ城東口(脇の浜)の巡航船乗り場までを結ぶ県道です。延長1Kmほどの短い物ですが、かつて、尾鷲との間の交通が巡航船に頼っていた当時は重要な道路として認定されていたのです。
 県道『木本停車場線』が名称だったと思います。
 趣があってよい名前ですね。

 そうした頃には旅人は紀伊木本駅から船着場までをこの道を歩いたわけです。
 ちょいと荒れれば小さな巡航船では船出することも出来ません。
 年のうち何日も欠航になります。
 欠航になれば泊まるしかありません。
 つまり、木本の町が栄えたのです。
 
 本町には宿屋・酒屋・呉服屋・饅頭屋・荒物屋・小間物屋・履物屋・洋服屋・食堂・本屋・文房具屋・郵便局・銀行・警察署・役場・・・果ては女郎屋まで揃っていました。
 ほんの600mほどの間にこれが並んだのですから賑やかな商店街が出来ていたのです。
 その頃だと、催し物をしなくても近郷近在の人たちは買い物と言えば本町に集まってきた物です。

 町の中心はどこでも移って行くものです。
 木本も都市計画で『記念通り』が作られ、歩道付の近代的道路の方に商店が建ち始めて段々そちらがメインになって行きました。
 決定的だったのは、戦後になり『主婦の店』と言うスーパーマーケットが出来たことでした。
 何でも揃うスーパーの出現で周辺からの客は本町には来なくなりました。
 その『主婦の店』が今では『スーパー・オークワ』に成長しています。
 子供たちと一緒で、この『オークワ』も大きくなると木本にあった本社がよそに出て行きました。
 
 中心が移ってしまっただけではなく、過疎・老齢化に見舞われる地方の町ですから、人通りも絶えかけています。
 残った商店によって運営されている『商店会』自体も会員が老齢化して来ています。
 このように、年中色んなイベントを企画して開いていますが、『笛吹けど・・・』の状態です。
 『踊らず』と言おうにも『踊り手』が居なくなって来ていますからね。

 田舎のお年よりは『国民年金』の人が殆どです。
 都市部の『厚生年金』の『人との落差は大きいです。
 当然、購買力の差となって出てきますしね。
 頑張っている商店主さんたちも国民年金です。
 何十年頑張ってきても、『楽隠居』とは行かないようです。

木本町全図です

by je2luz | 2008-10-30 11:13 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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