LUZの熊野古道案内

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2008年 10月 29日

熊野の旅 遠い国・遠くなった戦争

 昭和が終わって20年、太平洋戦争が終わって63年・・・
 戦争体験者はどんどん減っています。
 日本はあれから戦争に巻き込まれたことが無いので世界の中でも一番戦争が遠くなったように感じられる国なのでしょうね。
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 このスコットランドのキルトを身につけバグパイプを吹きながら行進する集団は、太平等戦争の置き土産みたいな物です。
 去年のこの時期にも書いた『イルカ・ボーイズ』と言う英国軍の兵士が捕虜になり、紀和町の入鹿鉱山で強制労働させられたことが発端になったものです。
 捕虜の強制労働はジュネーブ条約の違反ですが、朝鮮半島から民間人を強制連行して労働力の確保に走っていた日本ですからそんなことはお構い無しだったようです。
 当然のように、異国での生活、過酷な労働、粗末な食事などでなくなられた捕虜も出ました。
 終戦を迎え、無事に帰還した兵士の方も、二度と見たくない地の一つがこの熊野・紀和の入鹿鉱山だったようです。
 戦争が終わって50年ほど経ってから、紀和町の呼びかけもあって、生還された兵士の一部の方が来日し入鹿を訪れ、供養に建てられた碑にもお参りされました。
 その時でも皆さんお年を召されていました。
 若い兵隊さんで20歳の場合でも70歳と言うことです。
 平均的な兵隊さんで25歳ならすでに75歳だったわけです。
 それから15年経った去年で『イルカ・ボーイズ』の方が訪れることは打ち切られました。
 90歳を越した方たちですから生きておられても、イギリスからこの熊野まではものすごく長い旅になりますからね。
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 去年などもそうだったのですが、『イルカ・ボーイズ』のおじいちゃんたちがこられないので、日本在住のイギリス人が中心?になったバグパイプの楽団がイルカを訪れ、慰霊碑の前で演奏して慰める行事になっています。
 前列の方はいかにも『イギリス人』と言う感じの人たちですが、後ろ半分は外人や日本人?の子供が歩いています。
 大阪にあるバンドのようです。
 私から見たのでは、スコットランド人やらイングランド人やらさっぱり分かりませんがね。

 その楽団がイルカに来たのに便乗して、『本町商店会』?が木本町の本町をパレードしてもらっているのです。
 見物人が少ないので、バンドの人は張り合いが無いでしょうけど、パラパラと出てくれている人で本町の住民ほぼ全てなのですから・・・
 石畳の石の数ほどは木本全体でも居ないのですから我慢してもらわないとね。

 にこのパレードの元になっている英国軍の捕虜の話もすっかり忘れられかけています。
 そして、この『プープカ プープカ』がどこの国のものかも分からないおばあちゃんがたくさん居ます。
 『珍しい楽団が歩いている・・・』だけでは淋しいですね。
 学習能力に欠けるというか、教えられていないと言うか・・・

木本町全図です

by je2luz | 2008-10-29 12:48 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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