LUZの熊野古道案内

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2008年 10月 09日

熊野の旅 350年ほど前 漁業 他

 昨日は350年ほど前の熊野周辺の林業などについて書きましたが、当然海のそばの熊野では漁業もあったわけです。
 江戸時代にもなってくると、沿岸漁業も発達して目の前の海で細々と漁をするという形態ではなくなっていたようです。
 この辺の漁業資源に目をつけて泉州などから移り住んできた網本も居たようです。
 寛永20年(1643)に泉州大崎十兵衛が大泊にやってきて、市木方面までの間で漁を始めたそうです。外部資本の流入と言うところでしょうかね。
 片方では、関東の『イワシ漁』が景気が良いと言う評判が伝わってきたようで、この辺からも房総方面に出稼ぎ漁に行ったようです。
 すでに、出稼ぎ、遠洋漁業?が始まっています。
 千葉、房総に紀州と同じ地名が並ぶのも、風に吹かれて流されればすぐに房総まで行ってしまうのと、こうした出稼ぎ漁師が居たこととも関係あるでしょうね。

 350年も昔と言うと、もちろん頭はちょんまげ、公務員は刀を差し・・・と言う時代でものすごく前近代的と言う感じがしますが、人々の感覚は意外と広く、銭になるならどこまででも・・・今と大して変わらなかったようです。

 もう一つ・・・寛文6年(1666)には今話題の『人材派遣法改正』じゃないですが・・・
 幕府から『人身売買の禁止、年期奉公は10ヵ年に制限する』と言うお触れが出たそうです。
 人身売買の禁止などは幾度となく出され、あまり効き目がなかったらしいですがね。
 『丁稚』『下男』『下女』などと言う身分不安定で、生活も出来ない給金で働かされ、結婚も出来ない・・・
 この面でも、350年前と今とあまり変わらないのかもしれませんね。
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熊野市広域地図です

by je2luz | 2008-10-09 11:41 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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