熊野速玉大社のお札などは大変御利益があるとされ、全国に広く流布したようです。
『三本足のカラス』・・・日本のサッカーのシンボルのあのカラスと共に全国にはばたいたようです。
天皇・上皇も国家安泰や家内安全をお願いし請願して、霊験あらたかだったとのことから来たのでしょうか、江戸時代の色町
『吉原』ですっかり実用品になっていたようです。
『女郎衆』がお客に約束事をする時制約文を作りました。この
『起請文』の紙に
『熊野権現の護符』が使われました。
『熊野権現様にかけてこの通りでありんすー』と、お客を騙す片棒を担いだようです。
そもそもが江戸の街中で『熊野権現の護符』を売り歩いていた
『熊野比丘尼』の多くは
『よたか』でした。こうした街娼などを捕まえては岡場所・吉原に送り込んだこともこうした
『熊野起請文』を生んだ背景なのでしょうね。
歴史的に霊場であり霊験あらたなる『熊野』と、仏に使え清らかなる『比丘尼』が一緒になると『売春婦』に化けるのも不思議なものです。関所越えや町回りの目をごまかす意味もあったのでしょうか・・・
熊野の尼さんがわざわざ江戸まで足を運ぶはずもなし・・・
江戸時代になると
遠い熊野の御利益よりも近い吉原の美人の方がありがたかったのでしょうね。
今の時代の風俗の人などは起請文も書かずに・・・
熊野三山巡りでもすれば
『俗念から解脱』できるかも・・・