LUZの熊野古道案内

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2008年 10月 03日

熊野の旅 秋 消えた秋の味覚

 秋の味覚の中で、陸で採れるものもたくさんあります。
 その中の王者はやっぱり『松茸』でしょうね。
 
 その松茸も、松くい虫が山間部まで広がってしまったのと、少し残っている山の頂き付近の松の古木の足元も、手入れが行き届かず、光が差し込まなくなっているようです。そうなると、松があっても松茸は出なくなってきます。

 鵜殿、新宮にパルプ工場があって、戦後すぐから米松などの外材が列車でどんどん運ばれ、それにくっ付いてきた松くい虫と更にそれにくっ付いてきた線虫で。全国でも『松くい虫発生先進地』になった所ですから、当然、『マツタケ減少先進地』にもなりました。

 終戦後の復興需要で乱伐した山には、『生育が早く、建築材にもパルプ材にも高く売れる』などと、農林省が薦めた松が一杯植えられました。
 割と民家に近い所に、松の木が一杯植えられて育ち掛けていたのを覚えています。
 あれから半世紀、古木とまでは行かなくても、そろそろマツタケが生える松林が一杯あるはずなのですが・・・
 熊野市内の里山には松林はありません。
 松の若木は樹勢が強いので、松くい虫が取り付き、根っこに線虫が付いても枯れないで伸びるそうです。だから、この松たちは松くい虫にやられるまで行かなかったのです。

 およそ、松なんてものはまっすぐ伸びないものです。まっすぐ伸びないと言うことは建築材にはならないってことです。建築材にならなければ一番高い用途にならないと言うことです。
 建築材になったとしても、屋根裏の構造材や二階を支える二階持ちの構造材ですから、ものすごく安い部分です。
 松でも、まっすぐのびて、枝も落ち。樹齢200年とかの巨木になればローカに使われる縁甲板になり、高級材になりますが、そんな気の長い話も出来ませんし、そういう風になるのは何百本に一本とかの率の悪さです。
 お役人様がおっしゃった『パルプ材』の方は、南洋や北洋から盗伐を含めものすごく安く大量に輸入され、国内ではチップの生産すら出来ないようになりました。
 わざわざ植え、20年とかまで育った松を、わざわざ切って、桧などに植えなおした人が殆どです。

 かくして、元からあった松は枯れ、新しい松は育たず・・・
 当然のこととして、地元産の松茸なんて幻のようなものになっています。
 私の山の頂きにポツポツあった松も今ではありませんね。
 かつては『松茸』が生えたそうですが、松の木がなくなってからしか山主にも教えてくれないのが、松茸採りの流儀です。
 昔から、どこの松にいつ頃松茸が出てくるか・・・自分が山に入れなくなる頃まで子供にも教えなかったそうです。
 かつては安かったとは言え、松山の元々少ない熊野の山間部では貴重な秋の珍味だったですからね。

 もう何年も、『松茸』なんて口にしていないですね。
 以前、宴会に良く出ていた頃に出てきたのは、『松茸』ではなく『マツタケ』と、カタカナで書いた方がよいものだったと思いますしね。
 少なくとも、平成に入ってからは『松茸』を食べていないような気がします。
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熊野市広域地図です

by je2luz | 2008-10-03 12:27 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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