LUZの熊野古道案内

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2008年 09月 30日

熊野の旅 昭和34年10月 F記念日

 昭和34年・1964年9月 伊勢湾台風が来襲しました。
 そして開通したばかりの紀勢本線もずたずたになりました。
 それでも、国鉄マンの不眠不休の復旧作業で一週間ほどで紀勢本線 熊野ー多気間と参宮線 多気ー伊勢間などは汽車が走るようになりました。
 多気から先は鉄橋が流失したので仮設の橋が掛かるまででも一ヶ月ほどかかったでしょうかね。
 国労・動労などが元気な頃で、春先になると『春闘』で汽車が止まるのが当たり前の時代でしたが、こうした災害時などには国鉄マンは一致して頑張った物です。

 この伊勢湾台風の時が、私のカメラ人生で大きな出来事があった時と重なります。

 この昭和34年5月に日本の誇る世界の名機・『NIKON F』が誕生しています。
 そして、この伊勢湾台風のときに伊勢市駅前のカメラ屋に予約してあったニコンFが到着したのです。
 田舎ではまともなカメラ屋は無いし、従兄弟が銀行の伊勢支店に居たのでそちらで予約してもらったのです。
 ものすごく高価なのにものすごい評判で、伊勢くらいの田舎のカメラ屋では予約して随分待たされましたね。
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 伊勢湾台風で汽車が動か無いので受け取りにも行けない状態が続き、やっとこさ動き出して伊勢まで受け取りに行きましたが、道中車窓から見えたのは、瓦の無い家、吹き倒された電柱、稲刈り不能になった田圃・・・
 熊野から伊勢までは台風が通った道筋をたどるような物ですから、まともな所は山陰になった場所だけのような有様でしたね。
 
 それ以来、もう49年です。
 一台目のFは学生時代の終わりに質に入れて流れました。残したのが買いましたブラックのFでした。
 このブラックFも店をやっている時に質で流れました。
 そして、ほんの少しだけFが手元に無いときがあったのですが、なんとも淋しいので又々Fを購入しその機体が今も手元にあります。Fが手元になかったのは半年くらいでしょうね。
 私の人生で一番長くそばに居るのがFのようです。
 住まいも変わるし、人も入れ替わって行きますが、Fは黙ってそばに居てくれますからね。
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 これがニコンFで二枚目に撮った映像です。
 被写体はスポンサーの祖父です。
 レンズはニッコール50mmf2.0・・・フィルムはネオパンSS・ミクロファイン現像です。
 慣れて居ないのでピントが少し甘い気がします、
 それでも、レンジファインダーのオリンパス35Sから一眼に変わったのでうんとくっ付いて撮っています。
d0045383_12411655.jpg

 これが三枚目に撮ったお袋です。
 100%表示のファインダーで視差が無いのを信用してこれもフレーム一杯で撮っていますね。

 昭和34年の頃だと農作業する時はこうして典型的なお百姓さんスタイルだったのですね。
 稲刈りも10月に入ったころにまだやっていたのです。
 これでも、随分早くなってきていたのですがね。
 カメラは ニコン F

熊野市広域地図です

  

by je2luz | 2008-09-30 12:51 | 熊野 | Trackback | Comments(2)
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Commented by マサキ at 2015-07-17 23:14 x
とても素敵なブログですね。昭和42年生まれの私ですがカメラはFだけが残りました。時代を越えて人を結び着けてくれる道具ってすごいですね。
Commented by je2luz at 2015-07-17 23:50
私が今持っているFは最初のではありません。
最初のは第一回出荷分で今ではマニアが欲しがるのだそうです。
戸塚1丁目の質屋で流れちゃいましたが、その後も何度もFを買い続け、今でもこうして一台あります。

レンズも非Aiが何本もありますね。
時代を超えて、良い物は良いです。


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