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LUZの熊野古道案内

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2008年 09月 10日

熊野の旅 150年ほど前 大地震など

 昭和の南海・東南海大地震から50年を越えました。
 50年から100年とか周期で割合と頻繁に大地震を起す震源地が目の前にあるので、郷土史にもやたらと地震が出てきます。
 それに、近年は温暖化からか台風の進路が少しずれたので、紀伊半島南端が『台風銀座』から外れたようですが、元々この辺は『台風銀座・四丁目が五丁目』だったので、『大しけ』も多いですね。

 安政元年・1854年の6月に二回の大地震があり、11月にも4日と15日に大地震があったそうです。
 被害
   大泊 民家流失  15戸  85戸半壊
   新鹿 民家流失死者  多数
   遊木 民家流失 45戸 死者7名
   二木島  無事民家28戸のみ 死者23名
   甫母 殆ど民家流失
     波の高さ10mに達する
 だそうです。
 人口や民家の少なかった江戸時代でこの被害です。
 この被害は昭和の地震もあまり変わらないようです。
 伊勢湾台風のときも同じような図式で高潮にやられています。
 もし、平成の東南海大地震が起きればそんなに変わらない被害が出るのでしょうね。

 各地の郷土史の中にはこうした災害の記録が驚くほど正確に記載されている物です。
 今の役所のように、係りが代わったから分からないとか、保存期間が超えたので全部廃棄したなんてことは無いですからね。
 ここの川のどこが切れてどこまで浸かったとか、火山の噴火でどこまで灰が降って何人死んだとか・・・
 新興住宅地でも昔の農地などの被害から推測できる被害が多いのです。

 しかし、こうした歴史は行政にはもちろんですが、実際に生活している地元民にも生かされていませんね。
 もちろん、千万単位でお金をもらう『コンサルタント』なるよそ者などは、頭の片隅にも入れずに、アセスメントや災害予想を作り上げてくれます。
 実にもったいない話です。

 自分の住んでいる地域のことに疑問を持ったら、市役所などより図書館の古文書の方が真実を教えてくれるかもしれませんよ。
 どうして、旧家や古い町並みが日当たりの悪い場所に固まっているか・・なんて不思議なことがあるとすれば、災害の歴史が教えてくれる物です。
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熊野市広域地図です

by je2luz | 2008-09-10 13:56 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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