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LUZの熊野古道案内

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2008年 09月 01日

熊野の旅 二百十日 防災の日 二百二十日

 昨日8月31日が『二百十日』、そして、今日9月1日は『防災の日』、9月10日が『二百二十日』と言うことです。
 災害を忘れるなと言う日が立て続けにやってきます。
 この辺では、本来、9月1日の『関東大震災』の日より、『9月26日・伊勢湾台風』の日のほうで行事を行った方が良かったはずですが、東京中心の行政ですから仕方無いのでしょうかね。
 そのせいか、随分前から、『伊勢湾台風』のことなどすっかり忘れられています。
 本当なら、今でも50代半ばから上の人の記憶には、あの猛烈な『伊勢湾台風』の記憶が無くてはなら無いのですがねえ・・・
 木本町も風上になった松本峠から鬼ヶ城に連なる山に守られた区域を除き、屋根瓦が無事だった家は一軒も無く、本町通りは落ちた瓦で舗装されたような状態でした。
 熊野市の駅前は井戸川の氾濫で水浸しになり、駅前にあった製材所から丸太が流れ出し、ゴロゴロ転がっていました。
 市役所の前の丸山町では、埋め立てが完了して家が建ったばっかりなのに、一階部分がそっくり水没するほどになりました。
 我が家の前の今は国道42号線になっている部分には、納屋だとか作業小屋だとか小さな家だとかがありましたが、高波によって堤防を越えた波で潰されました。
 それでも、木本、井戸の被害は物的被害で済んだのでましな方でしょう。
 市内でも甫母町などは人的な被害も出るし、家も瓦では済まず、流失したのです。

 人間と言う物は『忘れる』と言う特技があるので、生きていられるし、楽しめるのでしょうが、それにしても忘れっぽい人が多いですね。
 私より上で立派な成人だった人でも、ほとんど覚えていないと言う人が多いです。
 個人でもこんな状態ですから、二三年すれば資料も書類も焼却処分するような行政が災害など教訓にするわけが無いのです。
 作られたシナリオを行事として続けるだけ・・・
 実際の災害の体験も無い『学者・有識者』がもっともらしく言うことだけをありがたく承るのです。
 そりゃあそうでしょう・・・
 そういうのは、予算を使って作っていただくのだし、書くのは『大学教授』とか『防災研究家』なんて肩書きがありますからね。

 伝承が消えて行く分、防げる被害も防げなくなっています。
 学習していないのですから、何度でも同じことをやらかしますからね。
 まあ、近年では、かなりの所、『人間の作ったものでは太刀打ちできない』と言うことが分かってきたようです。
 何万年もかかって、自然と出来上がった地形と言う物をもう少し読まないとねえ・・・

 それにしても・・・
 その自然が作り出した地形も急速な気象変動には対応できないようですね。
 『滝のような夕立』はこの辺に物だったのですが、近年はこの辺ではそうしたものが減ってしまい、200Km以上北に上った名古屋とかもっと北の関東平野で降るようになりましたね。
 そのあたりでは、自然の土地がそれに対応するように、がけが崩れ、川が道筋を変える・・・などと言う自然の摂理が働けなくなっていますから厄介ですね。
 SF映画並みに、トップの方ではある程度予測して、都民・国民には内緒で巨大な地下排水路や貯水槽などを作っていますね。
 最近になって公開し始めましたが、あれじゃ足りないからでしょう。

 アメリカではハリケーンで100万人規模の強制避難だそうです。
 目標にして来た『アメリカ』の偏った一面が見えていますね。
 日本もその後を追っているようです。
 もうすぐ、名古屋岐阜100万避難、湾岸から江東三区で100万人避難とか・・・
 いや・・・SFではなく現実でしょう。
 全高層ビルの4階は避難場所に空き部屋化、貯水タンクも千人分3日分確保、食料も確保すべし、なんて法律が出来るかもしれませんよ。
 それくらいしないと、広いアメリカじゃないだけに逃げ場も無いでしょう。
 河川や海面から一定の高さに無い地下商店街の建設禁止、基準以下は閉鎖命令・・・
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この周辺です

by je2luz | 2008-09-01 11:57 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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