LUZの熊野古道案内

je2luz.exblog.jp
ブログトップ
2008年 08月 29日

熊野の旅 七里御浜の砂利

 七里御浜は砂利浜です。
 鬼ヶ城を挟んだ隣りの大泊海水浴場やその向こうの新鹿海岸などは細かい砂の砂浜です。
 不思議なくらい全く違う材質の浜になります。

 浜の砂利といっても、南のさんご礁のように海の中の珊瑚が打ち上げられてくる物ではなく、流れ込む川が何万年、何十万年と言う年月を掛けて運んだ物を、同じ長い時間を掛けて24時間焼く見なく打ち続ける波が磨きながら運んでくる物です。
 海の中から上がってくるのは、たまに混じっている貝殻位の物です。

 『七里御浜』は南の外れの『熊野川』が背後に聳える『紀伊山地』の山を削って運んできた物です。
 この範囲はものすごく広く高野山の裏側、大台ケ原の南側、矢の川峠の南側などを境に水を集め石を集めてきます。
 広大な面積だけに、色んな岩石のところがあります。
 おかげで七里御浜には色んな石ころが混じっています。

 この浜に出られて波打ち際に座って遊ばれた方なら必ずやること…
 それは自分の回りにある小石の中から面白い色や形のものをより分けることです。
 ほんの小さな子供から、若いカップル、中年のおばちゃんから、じいちゃんばあちゃんまで、ほとんどの人が始めます。
 昔ほど色んな大きさの石がなくなって小粒になっていますが、同じように色んな石があります。
 黒・白・茶色・灰色・縞々・貝殻・・・丸いの・四角っぽいの・オムスビ型の・細長いの・・・好みは様々ですが、右手で拾っては左手に握り締めています。
 果ては在り合せの袋を引っ張り出して本格的に拾い集める人も居ます。

 昔はおばちゃんが一杯浜で黙々と石を拾っていた物です。
 これは遊びではなく仕事でした。
 形のよいもの、色のきれいな物を拾い集めて、『玉砂利』『御浜小石』として売っていたのです。
 今でも細々と続けられていますが、海外からの安い石に押さたのと、ダムの影響で新しい石の流入が無く、小石がどんどん小さくなっているので拾う石も減っているのです。

 この小石を良く見ると実に色んな物が有り、熊野川水系の山々が色んな地層で出来ているのがわかります。
 しかし、熊野市の山間部に広がる『紀州御影』の磨かれた小石が無いのです。
 熊野川の支流、『大又川』の川原は全て紀州御影なのに・・・
 そして、大泊海岸や新鹿海岸の砂は紀州御影が砕けた砂なのに・・・

 実は、あの固い『紀州御影』は硬いけど、色んな結晶が寄せ集まった物で結構もろいのです。
 粘りがないというのか、ぶつかってこすれるとボロボロと欠けちゃうようです。
 つまり、すぐに砂になっちゃうってことです。
 大又川から北山川と合流し、十津川と合流して何十キロも急流を下るうちに『砂利』ではなく『砂』になっちゃうらしいです。
 流れ出た所は荒波、急流の熊野灘ですし、他の材質の那智黒などは砕けないで砂利になっているので、御影の砂はその下にもぐるか、はるか沖に運ばれるかになってしまい、七里御浜では見かけなくなるのです。
 それこそたまに、大きな物がコロンと落ちているくらいです。

 この前の浜の『御浜小石』は全国の金魚鉢の底や庭の片隅にあるはずです。
 最早、すり減らせる波もなし、踏んだくらいで割れるものでもなし・・・
 『御浜小石』と一緒に『ご利益』が行ったかどうかは知りませんがね。
d0045383_11474359.jpg



この周辺です

by je2luz | 2008-08-29 11:48 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://je2luz.exblog.jp/tb/8523675
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]


<< 熊野の旅 1868年      熊野の旅 七里御浜と松原 >>