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LUZの熊野古道案内

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2008年 08月 24日

熊野の旅 熊野大花火大会 ようやく終了

 今年は前にも後にも台風の発生が無く、穏やかなままで準備が出来、無事に終了した花火大会でした。
 あくる日の午前中が曇っていたこともあり、例年に無く早く、堤防の上の桟敷が撤去されて行きました。その日だけでほぼ半数が撤収されると言う出足の良さでした。
 しかし、いつでもどこでもてきぱきやらないのが居る物で、最後の一つは今、解体されています。
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 今日も曇り空・・・一つだけ残って目立つし・・・一週間にもなるし・・・で、片付けているのでしょう。
 この桟敷はご覧のように七里御浜・木本海岸の堤防の上に仮設で作られるものです、
 昔は海に面して屋敷のある家が、『間口の幅だけ沖まで自分の物』と言う習慣法に基づいて、そこに桟敷を造っていました。
 今では、その習慣法のように自家用の桟敷を組む家は一軒しか無くなりました。
 我が家も昭和30年代は裏の堤防に桟敷を組んでいました。
 花火の前に大工さんが来て保管してあるプレハブ状の木製の桟敷を組み上げ、あくる日には又さばいて保管してくれた物です。
 きちんと相した材料があっても、浜と堤防の相対的な高さが変わるので調整しながらの作業で、三人ほどの職人さんが半日はかかっていました。
 撤収も同様ですから、三人丸一日分の日雇賃がかかるのです。
 今で言うと、2万円の職人さんで6万円・・・2.5万円の人なら7万5千年です。
 新規に作ると、今なら写真のような足場用パイプとコンパネベニヤですが、その当時だと材木できちんと加工するか足場丸太と杉板でしたから結構お金もかかりました。

 そこまでして作る桟敷で見物する人は多くても30人くらいでした。少ない年は十数人ですから、一人頭の費用も結構かかります。
 なまじ桟敷を組むとお客さんが来るので、堤防の桟敷まで、飲み物などを運ばなくてはならないし、夕食なども用意しなくてはなりません。国交大変なことになるのです。
 と、言うことで、木本の人も桟敷を組まなくなってきたのです。
 今では管理者の県の許可を貰った企業とか組織が主になって来ています。
 今年などは少し隙間があるような感じで作られていましたね。
 金稼ぎを目的らしき物も見受けられますが、純然たる自家用で桟敷を組んでお客さんを接待するような家もなくなったということです。
 木本の旧家・旦那衆(だんなし)の資産はほとんど山林でした。
 今では、固定資産税がかかるだけで金を産まない物に化したのですから、お客どころでは無いのが実情でしょう。

 この桟敷。組んである時に台風が接近すると非常に危険です。
 床のベニヤを広げた状態で置けば、例え釘などで止めてあっても宙に舞います。おそらく、100mは飛ぶと思います。
 通行中の車に当たれば大事故になります。
 我が家のように海に面している家では、まさに『人命財産』に関わることなのです。
 何回か台風の接近に見舞われましたが、地元でない人の桟敷なので、きちんと対策牛に来ないやつが居ます。
 県土木に言って、連絡させても来ないのまで居ます。
 おそらく、こうした状態ではそのうちに恐れているような事態が起きるでしょうね。
 そもそも、海岸線に住んでいる住民でも、『伊勢湾台風』や他の台風での被害状況などを知らない・・・もしくは忘れてしまった・・・人が多くなっていますからね。

 人間、痛みを忘れるから生きていられる・・・しかし・・・学習しない物は又火傷をする・・・
 大体において・・・警告するものを笑います。

この周辺です

by je2luz | 2008-08-24 10:34 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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