LUZの熊野古道案内

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2008年 08月 06日

熊野の旅 熊野のお盆 6

 お正月やお盆などに『お礼』に廻ることは書きました。
 行き先に『本家』とか『お寺さん』がある事も書きました。

 この二つは大体において、『お礼』にきてくれる人が多くなります。
 『本家』なども、いまは兄弟が減って分家も減りましたし、分家が地元に残ることもあまりなくなりました。
 分家どころか、最近では一人息子と一人娘の結婚が増えてきて二軒の仏様が一箇所に集まってしまう現象が増えています。
 これも、宗派の問題もあって大変な問題ですね。
 最近では、こうした本家と分家・・・この辺では本家(ほんや)、隠居とよぶこともあります・・・の関係も無くなって来ていますが、一部では厳然として残っているようです。
 こうした本家筋では5軒とか10軒から『お礼』が来ます。
 正月なら自分ところで供えた床の間・仏様・神棚などの餅の他に、鏡餅がその数だけ増えます。
 今の人が飾るパック入りの小さな鏡餅ではなく大きな物でした。
 昔のように『餅』をご馳走として食べて時代でもとても食べきれる物ではありません。
 今のように物を捨てるなんてことはしませんから、アラレやカキ餅にしたり、水につけた『水餅』にして長い間食べなければなりませんでした。
 正直言って、おいしくなくなるまで食べなくてはならないくらいでした。

 お盆の素麺だと今のスーパーで売っている500g入りくらいの量が一軒からやってきます。
 こちらの方は、前に書いたように夏休みを兼ねた里帰りが本家に転がり込むので消化するのは問題なかったようです。
 しかし、昔のお中元には『箱入り素麺』が結構多く、その箱も今の飾り箱ではなく『素麺箱』と言われる大きな物でした。
 今、ご進物特選コーナーにある木箱入り素麺の特大の箱が昔では小の方でしたね。
 そんなお中元が二三軒も集まるととても食べられる量ではありません。
 冬になっても『にゅうめん』として食べなくてはなりません。
 これ又、美味しくなくなるまで食べさせられました。

 お寺さんともなると、更にものすごい量になります。
 檀家が50軒で鏡餅50組に米が5とうです。田舎の小さな寺でももっとあります。100件ならその倍ですね。
 お米の方は年に何回もあるこうした『お礼』なで集まった物で、坊さんの家族が食べ、お寺の行事の炊き出しに使うのでちゃんとバランスが取れていたようです。
 お餅とか素麺とかに関して消費するのに随分苦労した時代もあるようです。 
 時代が下ると『養老院』が出来たり、近年になると色んな福祉施設が出来たので寄付するお寺が増えたようです。
 うんと前の食糧難の時代にはお供えも少ないし、余った分をお裾分けする所も多く見つかったのですが、中途半端に世の中が豊かになった頃には下手に『お下がりをあげようか?』ともいえず・・・
 現金でのお供えが有難いからと言って、『現物のお供えお断り』とも、札をぶら下げるわけにも行きませんしね。
 でも、民間同士の『お礼』も減っていますが、お寺さんなどの『お礼』『お供え』もものすごい速度の過疎化で、どんどん減っているのでしょうね。

 学校の廃校が進んでいますが、そろそろ、田舎のお寺では『廃寺』が始めるのでしょうね。

 このままで行くと、田舎には本家も分家も無く、神も仏もなくなりそうです。

 それでも、熊野は『神々の里』だそうですから、大丈夫でしょうね。


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この周辺です

by je2luz | 2008-08-06 15:08 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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