LUZの熊野古道案内

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2008年 07月 10日

熊野の旅 昭和の老人 1

 昭和中期の日本人はどれくらいまで生きられたのか調べていませんが、今より随分早く死んだようですね。
 私が小学校の頃でしょうか???『敬老会』が『婦人会』の世話で始まりました。
 その頃には『還暦』を迎える、満60歳から招待されていました。
 つまり・・・その年齢が年寄りの入り口だったわけです。
 定年退職も50歳とか、うんと長い所で55歳だったわけですから、定年して五年も十年もすれば立派な年寄りですよね。
 
 その時代には年や立場に応じて、いろんな意味できちんと区別されていましたね。
 呼び方も女の人の場合、『あま』・・・『むすめ』・・・『よめ』・・・『かかあ』・・・『おば』・・・『ばばあ』・・・『おおばば』と階段を上がりました。
 階段をもぼり損ねると、『ゆかず』とか『でもどり』を経由して、終盤に合流することになりました。
 いまでも、呼び方はそこそこ段階を踏んでいるようですが、身なり服装に関しては乱れてしまったようです。
 戦前から戦後しばらくまでは、呼び名に応じた身なり・服装をしていた物です。
 今だと、既婚者と未婚者どころか『あま』も『むすめ』も『よめ』も・・・はては『かかあ』、『おば』まで同じような格好で歩き回っていますからね。
 格好がそうですから、それに応じて心根もそれに応じて変わって行ったものなのですが、いまでは服装に応じたように心根も変化しにくくなっているようです。
 まあ、その分だけいつまでも若く居られるのでしょうが・・・
d0045383_11304981.jpg

 写真は私の祖母で、この時(昭和32年)に68歳くらいかと思います。
 子供から見ると、自分の親はうんと大人で、祖父母はうんと年寄りだと思うわけですが、こうして写真を見ると、この時代の68歳は本当に『大年寄り』だったのですね。
 いまだと、80歳を越えないとこんな格好はしませんね。

 カメラは オリンパス35S1.9

この周辺です

by je2luz | 2008-07-10 11:41 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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