人気ブログランキング |

LUZの熊野古道案内

je2luz.exblog.jp
ブログトップ
2008年 07月 07日

熊野の旅 昭和の子供 3

 テレビがあるわけでなし、ゲーム機があるでなし・・・おもちゃもそんなにあるわけでなし・・・かといって、さほど勉強するわけでもなし・・・
 暇な時間はたっぷりあったわけです。
 石ころ、棒切れ、板切れ、道端の木や石垣・・・皆遊び道具に変えてゆかないとやることが無くなります。
 同じ物が飛行機になったり自動車になったり船になったり人間になったり・・・思いつくものに化けました。
 物語りは自分たちで作らないとRPGのように既製品のものはありません。
 想像力が豊かで、創作力のあるものが遊びをリードしたものです。
 変なゲームやアニメで残忍な物とか破壊だけのものなんてのを物心付く時から刷り込まれている今の子供より、一見汚くて悪ガキ風の昔の子供の方が少しはやさしいところもありました。
 少なくとも、『人を殺しちゃいけない』『殴られたら痛い』『死んだらお終い』くらいは分かっていました。

 前にも書いたように、戦争ごっこが大好きで、ちゃんばらも大好き、ギャング物も大好きで、ばったばったと敵をなぎ倒しながら進んでいても、間違っても生身の人間を殴り倒したりはしませんでした。
 子供は叱られて当たり前・・・だったのです。
 親だけではなく、大人全部が叱りましたね。
 いつから、世の中の大人が子供に遠慮するようになったのでしょうね?
 犬やネコでも飼い主や周囲が遠慮すると、履き違えて始末の悪い物になってしまいます。
 それ以上に悪知恵も発達している人間のガキはどんどんおかしくなりますね。
 昔は通学途中とか近所には『怖いおじやん』や『うるさいおばやん』が居た物です。
 そんな人が居ないと、昭和の子供でも畑の物を引っこ抜いたりする悪い遊びを考え付くやつが一杯居ましたからね。
d0045383_10524953.jpg

 この写真の後ろを見てください。
 後ろの納屋の屋根に石が乗っています。
 この頃まではこの地方の屋根には『杉皮葺き』の物が残っていました。
 神社のように厚く葺くのではなく、薄く葺いて細い丸太で押さえ、その丸太を川原から拾ってきた平べったい石で押えていたのです。昭和30年代頃に『トタン屋根』に代わって行きました。
 回りに一杯あったはずの『皮葺きの屋根』の写った物がほとんどありません。
 右の建物が『牛小屋』ですね。

 カメラは オリンパス35S1.9

この周辺です

by je2luz | 2008-07-07 11:06 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://je2luz.exblog.jp/tb/8234066
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]


<< 熊野の旅 五月雨の・・・      熊野の旅 昭和の子供 2 >>