人気ブログランキング |

LUZの熊野古道案内

je2luz.exblog.jp
ブログトップ
2008年 07月 06日

熊野の旅 昭和の子供 2

 昭和と言う御代はものすごく長いので一くくりにするのは難しいですね。
 今の日本ではやっと成人に達した世代の下と、後期高齢者の中の上のほう以外は全部昭和生まれですからね。

 ここで言う『昭和の子供』とは戦中・戦後の混乱期から日本がまだ貧しかった頃の子供と言うことになります。
 都会ではどんな時代のも『お嬢様』や『お坊ちゃま』と言う種族がいたのですが、押しなべて田舎では貧乏くさい子供が多かったものです。

 一年生と言えば、学生服を買ってもらえたとすれば。『二回り』は大きいだぶだぶの物でした。お兄ちゃんの居る家では、そのだぶだぶを着古した、お下がりのだぶだぶを着ていました。
 私が物心付いた時には『農地解放』が済んだ後で、『小作農』が居なくなって、ものすごく小さな『自作農』だらけの時代でした。
 日本中の農村を民主的に全部貧乏にした時代だったわけです。

 一部の子供は家の手伝いに追われることもあったのですが、ここ紀州は所得的には昔も今も全国の底辺を這っているのですが、少し温暖な気候に助けられ、寒冷地東北などに比べると追い詰められた生活から逃れられていました。
 今よりうんと寒くて、栄養も不足気味なので、冬になると子供の手にはヒビ・アカギレが一杯あったものです。それでも、ちょこっとの炭でコタツを入れれば十分暖かい地方ですからね。

 そんな小汚い子供が一杯うろついていたのは昭和30年代に入る頃までですね。
 朝鮮戦争を契機に復興の勢いが加速して、こんな田舎まで変わってきたからでしょう。
 子供たちの服装がうんときれいになって、鼻水をたらして、冬なのに素足にぞうりなんて光景は消えてしまいましてね。
 少し小奇麗になってきてもどこか田舎くさい子供がやはり多かったですね。全国が均質化していなくて、田舎が田舎らしく。子供が子供らしい時代の最後の方がこの時代でしょう。
 腹がヘルから、ご飯が楽しみでおいしい・・・結んで食べる『柿』がおいしい・・・『サツマイモ』は名までもおいしい・・・
 物を食べて『おいしい』と思えるときは、少し位お腹を空かせても『幸せ』を実感できると言うことです。
 つまり、その時代は今の子供にはない『幸せ』に包まれていたわけです。
d0045383_1155023.jpg

 昭和32年の今頃ですね。
 子供の服も随分小奇麗になっています。
 七夕飾りを持って学校から帰る子供です。
 後ろの倉庫は『○通』・・・日本通運の取次ぎ所です。
 こんなド田舎にまで中継所を置くほどこの会社の独占体制が強かった時代ですね。金の延べ棒事件の少し前ですね。


 カメラは オリンパス35S1.9

この周辺です

by je2luz | 2008-07-06 11:10 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://je2luz.exblog.jp/tb/8227739
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]


<< 熊野の旅 昭和の子供 3      熊野の旅 月例報告 恐るべきからくり >>