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LUZの熊野古道案内

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2008年 07月 04日

熊野の旅 昭和の子供

 ネコと同じ時期・・・昭和32年(1957)ごろからは近所の子供などの写真が手元にあります。
 この頃には山間部の田舎と言っても、昭和の大合併で南牟婁郡飛鳥村から熊野市に変わっていました。
 時代と言うものの流れは恐ろしい物で、半世紀前の風物は、ネガから起しなおした写真でも『古くさい』物になります。
 それは、『田舎』と言うだけではありません。昭和38年(1963)に東京高田馬場で撮った子供の写真も古くさいですからね。そして、憧れたはずの『小百合ちゃん』の古い映画を見ると恥ずかしいほど『居もくさい』のも同じだと思います。
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 この時代には、このようにして弟の面倒をお姉ちゃんが見る、妹の面倒をお兄ちゃんが見る、居ない時は近所の子供やいとこが見る・・・これが当たり前でした。
 一緒に家の中でゲームをして遊ぶのではなく、連れて歩いて、おんぶして…本当に面倒を見たわけです。
 ちょいと年が離れれば「おしめ」も換えていましたね。
 私は末っ子ですからそうした面倒は見ることはありませんでしたが、小さい時はうんと年上の番長に引き連れられて遊んでいました。泳ぎもその番長に教わったのです。泳げないのに皆が対岸に渡ってしまう時は、おんぶして泳いで渡してくれたのも覚えています。
 少し大きくなると、年下のガキどもを引き連れることになりましたしね。

 『いじめ』と言うものも無くはありませんでした。
 いつの時代にも『いじめっ子』は居ましたからね。
 ただ、無茶苦茶執念深くやるわけでもなし、年ゆきの子が居ますから、手加減しないと叱られたものです。
 喧嘩にもルール、いじめにもルール、遊びにもルール・・・それが、代々伝承され、子供の中で守られてきたのでした。
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 おやつがあるわけでもなし、こぎれいな服を着せてもらえるわけではなし、ましておもちゃなんてほとんど買って貰えなかったし、お腹をすかせることも多かった時代ですが、子供が幸せだった時代でしょうね。
 でも、私たちを含めこの世代が親になったときに、子供にやたらと物を与え、育てそこなったようです。

 カメラは オリンパス35S1.9

この周辺です

by je2luz | 2008-07-04 10:35 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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