LUZの熊野古道案内

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2008年 06月 24日

熊野の旅 牛 その1

 次々出てくる産地偽装の『牛肉』の元・・・『牛』について書きます。
 この『牛』と言うものと、熊野、いや日本の田舎はものすごく縁があったものなのです。

 日本は狭い国ですが、南北に長く地形も複雑なので、同じ農耕でも随分違いがあります。
 近年だと、この地方は『ヤンマー』が強いとか『ヰセキ』が多いだとか、いや『クボタ』だ・・・になるのでしょうが、昔は地方によって農耕に使う『動物』が違っていました。
 沖縄などうんと南方は『水牛』、九州とかの一部では朝鮮系の『赤牛』、うんと北に行くと『馬』が使われ、他の大部分は『黒牛』でした。
 それぞれ気候風土にそれが合っていたのでしょうね。
 
 私が子供の頃にはこの辺の農家と言う農家には『黒牛』が居ました。
 家のそばの『納屋』(なや)には必ず『牛小屋』(牛部屋)があった物です。
 餌は川原や野山(のさん)で刈って来た草や、保存してある稲藁、そして、残飯でした。夏場は草原のあるところに繋いで生の草を食べさせていました。
 
 『一年を 十日で過ごす いい男』・・・なんて川柳がありますが、この『牛』も実働日数はさほど多くありません。
 山間部では荷車の通るような道もありませんでしたから、荷車を引かせることはありませんでしたから、『荒起し』から『しろかき』までの農作業の時だけが出番でした。
 そのほかの三百数十日は『無駄飯』を食うような感じでのんびり過ごした物です。
 
 生き物が居ると言うことは、留守に出来ないということです。
 犬じゃあるまいし、一緒に出かけることは出来ませんからね。
 このため、農家の嫁が泊りがけで出かけるなんてありえない話でした。
 百姓の嫁やオバちゃんが団体旅行に出かけるようになったのは、『耕運機』が普及してそれを売った『農協』が更に稼ごうと団体旅行を募集するようになってからです。
 今でも、酪農家は365日勤務で働いていますが、かつては日本中の農家が、例え野良仕事が無くても、飼っている牛馬の世話で365日勤務だったのです。

 農家にはこうして牛小屋があり、牛が居ましたから、仕事だけではなく、『ハエ』も付き物でした。DDTなんて出てきても、牛に害があるので殺虫剤漬けにすることは出来ませんから、ハエは増え放題でした。
 まあ、その時代は町場でも汲み取り便所ばかりでしたから、『ハエ』は多かったのですが、やはり農家の方がはるかに多かったですね。

 結構厄介な『牛』ですが、日本中が飼っていた訳などについては、この続きで書いてゆきます。
 その中には『産地偽装』だとか『ブランド』の根源も含まれますよ。
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この周辺です

by je2luz | 2008-06-24 11:26 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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