LUZの熊野古道案内

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2008年 06月 21日

熊野の旅 田舎の産品

 今、燃料の高騰による漁船の休漁などが話題になっています。
 ここまで追い込まれたのは、確かに燃料の高騰です。
 しかし、根底にあるのは昔から続く、へんな市場価格のせいでもあります。
 築地を筆頭に各地の市場で値が決まる・・・それも、コストもへったくれも無く・・・
 本当にうまいのかなんて分かっている仲買なんて何人居るのでしょうね。本当には食べても無いけど、昔からそういうから・・・とか、今売り出し中の産地だから・・・
 そこには、生産コストなんて微塵も考えないおかしなグループが介在するからです。
 おかしなことに、そのグループが一番えばっている感じもします。
 大手商社とかが輸入する魚に関しては、『指値』が働いて、コストが織り込まれます。なのに、国内の産地から夜を徹して走ってきた産品にはそれがないのです。

 魚だけではなく、『田舎の産品』のほとんどはそうした形での価格決定になっています。
 林業の産物。『材木』でもそうです。
 『原木市場』さらには都会における『材木市場』で価格が決まって、生産地の原価も再生産も生活もそこには織り込まれていません。
 百姓の作る『農産品』も同じです。
 都会の『卸売市場』で価格が決まってしまい、同じように百姓が飢え死にしようと廃業しようとお構いなしです。

 近年の『市場原理』による、生産基盤の破壊が始まる以前から、田舎の産品、『一次産品』は仲買とか言うバイヤーによって『植民地的』な扱いを受けてきたのです。
 流通経路の複雑さや不明朗さは、もう、数十年前にも取り上げられたことはあります。しかし、なんの改善も為されませんでしたね。

 一次産業は『田舎者』のやる仕事で、その産品は『都会者』から見れば、実に簡単に騙しよく、搾取しよいものなのでしょう。
 何だか、時代劇に出てくる野良着を着た百姓と江戸の「木曽屋」「越後屋」「蝦夷屋」の関係と変わらないようです。
 こうして、日本中の田舎はだんだん寂れ、飯が食えなくなっていったのです。
 振り返ったら、日本には田舎もなく、荒れた田畑やゴーストタウンが残るだけ・・・なんてことになりそうですね。
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by je2luz | 2008-06-21 11:10 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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