LUZの熊野古道案内

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2008年 04月 25日

熊野の旅 時代の移り変わり

 近所に近在で一番大きかった農機具屋さんがありました。
 木本にしては間口の広い家で、本町通りがやはり表玄関の店で、今の国道側が修理工場になっていました。
 ヤンマー・井関などテレビにも登場した耕運機などを広く扱って、南牟婁郡、熊野市はもちろん、奈良県領の上・下北山村なども商圏に抱えていました。
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 その、農機具屋さんも随分以前にご主人が倒れて廃業されました。
 廃業される前から、農機具がどんどん大型化、高額化が進んできて、こうした民間の店より、『農協』のほうが強くなってきていました。
 百姓の財布をそっくり握っている農協の強みが、ローンなんてものの絡む商売には遺憾なく発揮されましたからね。
 考えてみれば、この農機具屋さんも、『老舗』ではありません。
 『耕運機』なんてのが出現して、重労働から百姓を開放し、借金地獄に落とすようになったのは戦後ですからね。
 あの親父さん一代限りの商売だったわけです。
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 最近、倉庫を少し片付けたらしく、古い農機具や発動機などが作業場に運び出されています。
 今ではマニアしか喜ばない、水冷の発動機も転がっています。
 こんなのを見ると・・・
 パン・パン・パン・パン・・・・ドドドドーー と、発動機が掛かる音を思い出します。
 紐ではなく、クランクハンドルで回してかけるのです。
 私の周りでは、農作業の現場より後まで、こうした発動機が働いていました。
 山の中の集材現場では重いと言っても、持ち運びが出来て、粘り強い発動機は貴重な物ですからね。
 農業現場は格好良いトラクターやコンバインなんてものに変わり、山の方も一体型集材機に変わった頃から、農山村の荒廃が進みましたね。
 お代官様の代わりに年貢米ならぬローンのお金を巻き上げてゆくシステムがきちんとできましたからね。

 そうそう・・・
 ここのご主人さんは、戦時中、ラッパ兵だったとかで、晩年には前の七里御浜でラッパをよくい吹いて折られました。
 随分昔のことです。

この周辺です

by je2luz | 2008-04-25 10:27 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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