LUZの熊野古道案内

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2008年 04月 22日

熊野の旅 熊野市駅 まだ頑張っている・・・

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 熊野市駅の一部です。
 元はこの部分が出口専用でした。
 専用出口がいるほど、乗降客が居た・・・出口に配置しないと余ってしまう駅員が居た・・・時代もあったのです。
 その時代も紀勢線は赤字でした。人員を大幅に減らしてからもやっぱり赤字です。
 客が減り始めてから出来たのが、奥に見える『うどん屋』です。
 これが出来た時に、熊野市駅でも駅弁が売られました。
 一日数本の特急列車、下りはもうすぐ終点、上りは始発を出たばかり・・・駅弁の売れる要素が無いので駅弁業者など出来るわけもありません。
 このうどん屋も駅弁も、『新宮』から進出してきた物です。
 
 かつて、『駅前シリーズ』なんて映画が撮られていた頃、舞台になった新宮の駅弁屋、『まる新』の支店です。
 この映画では、そこのお嬢さんはものすごい別嬪さんでしたね。
 新宮機関区とかの男どもは変なのばかりでした・・・
 お嬢さんが新珠三千代さんで、機関手などは森繁、伴淳、加藤大介・・・なんてお決まりの配役だったように思います。
 残念ながら、私はこの『まる新』の方々と面識がありません。
 だから、お嬢さんと新珠三千代さんと比べたことはありません。
 本店は新宮駅前の熊野交通バスの乗り場の所だったのですが・・・

 熊野市駅の支店も、出来てから30年ほどになってきているのかと思います。
 乗降客がものすごく少ないのですが、まだ頑張っています。
 地元の人にもファンがいると聞きますが、私は一度も食べたことがありません。

 かつて、列車のドアが手動だった時代・・・東北本線などで旅すると、時刻表で立ち食い傍のある駅を確認し、停車時間も調べておいて、まだ動いている列車から飛び降り、立ち食い傍田に駆けつける。食べ終わる前に動き出した列車を横目で見ながら最後まで食べ切って飛び乗る・・・
 これが、旅行通のやり方でした。
 蕎麦屋の方も心得た物で、駆けつけると同時に、そばが出てきたものでした。そして、出されるそばは食べごろの温度・・・
 駅弁を買うのもやっぱりコツがありましたね。初心者は駅弁も買えない事態が起きたものです。

 そんな時代の旅は時間が掛かっても情緒がありました。
 列車のドアは自動になり、窓は開かなくなり・・・座席はロマンスシート(死語)になり・・・効率は良くなってもふれあいも何もなくなってしまいました。
 駅弁も、列車の中で選り取り見取り・・・
 ・・・・
 このうどん屋もホーム側からではなく、外向きを前提にした物です。
 昔の『僕は特急の機関手』なんて流行歌に・・・
  わずか三分停車では
  キスする暇さえ ありゃしない・・・
 なんて、歌詞がありましたが、今の列車は1分停車とか、時刻表では着発同時刻に表示される30秒停車ですね。
 三分停車ならそばも食えたのですが・・・

 鉄道の・・・と、言うより・・・『旅』自体がなくなってきているような気がします。

by je2luz | 2008-04-22 12:38 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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