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LUZの熊野古道案内

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2008年 04月 15日

熊野の旅 熊野市立日進小学校

 旧・飛鳥村にあった三校の小学校の一つです。
 旧飛鳥村は非常に広い村でした。
 大又川の源流部から川沿いに集落が点在して延長15Kmは軽く超える長さに成ります。
 そのため、中学校は中間の小阪に作りましたが、通学困難な小学校は三校も作ることになったのです。
 子沢山だった時代でも一学年20人ほどで一クラスずつでした。
 当然、過疎と老齢化が進むと、一学年数名と言う状態になっています。
 もう二十年も前から合併が持ち上がろうかと言う機運もあったのですが、全国で学校統合が大問題化することも多いので、歴代市長は及び腰でした。
 私も持ち出したことがあるのですが、こうした田舎で学校統合の話をすると、小学生を持つ親や、保育園児が居て目の前で子供が学校に行く人たちは、『統合して欲しい』『同級生が二人や三人ではかわいそう』『教育上ももう少し人数の居る学校にして欲しい』とほとんどの人が賛成なのです。
 問題なのは通学手段だけです。
 しかし、最早、子育てとは縁の無くなった老齢者たちはほとんど反対に廻るのです。
 『俺たちの学校を無くすのか』『俺らの学校に来るのならかまん』などと言う論法に成るのです。
 思い出の学校がなくなることにものすごく抵抗があるのです。
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 この『日進小学校』は川沿いに言うと、飛鳥では最下流部に成り、『下三区』と言われる、佐渡(さわたり)、野口、神山(こうのやま)地区が校区に成ります。人口も一番多い校区でした。
 校舎は一番先に近代化?されました。
 しかし、この学校は川と国道に挟まれ、生徒数の割りに運動場が狭かったのです。
 水泳場だけは学校の裏手の淵を指定水泳場にしてあったので便利でした。
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 この写真にある校庭の木は背の低いところで枝分かれしていて、陣地のような板が取り付けられていて、子供が登って遊べるようになっています。
 樹齢から見ても、私の世代の子供も登ったのだろうと思われます。
 こうした思い出が消えるようで、学校統合に反対するOBが多いのでしょうね。
 カメラは フジかST605N
 レンズは シュナイダー・クルタゴン35mm2.8

この周辺です

by je2luz | 2008-04-15 11:29 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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