この分校は『神上小学校』の分校として出来た物ですが、もう20年も前から休校のままです。ガソリンの暫定税率みたいな物で、再開の見込みが無いのに『しばらく』お休みと言う状態です。
『青柳』と書いて「せいりゅう」と読んでいます。
こじんまりはしていますが、コンクリートの白亜の校舎です。
見て分かるように、戦後立てられた新しい物です。
この校舎が出来て、すぐに休校になりました。
日本の役所仕事の典型のような物です。
学校などと言う物は、都会で無い限り5年くらい前にははっきりと生徒数が読めるものです。動向であればもっと前に読めます。それなのに・・・
長い間休校になっていても、校庭の片隅には遊具が残っています。
この遊具も、戦後すぐの物ではなく、時代が落ち着いてからの物ですね。しかし、今ではブランコが出来る状態では無いです。遊ぶ子もいないですがね。
この分校のあるのは神川町柳谷(やなぎだに)と言う隠れ里のようなところです。
険しい山の真ん中に一寸開けた盆地状のところがあって、すごく良い所です。
今は国道169号線に昇格した、電源開発が作った道路まで、掘割ではないかと言うような細い谷沿いにも道路が出来ていますし、神川の中心部に向かう山越えの道もありますから、ものすごく不便と言うのではありませんが、熊野の中心部まではどちらのルートでも小一時間は掛かります。やっぱり僻地の熊野市の更に僻地ですね。
この校舎は休校以来ずっと倉庫として使われてきました。めったに使わない選挙のポスター掲示板の保管場所でした。衆議院以外は3年か4年に一度しか使いませんから、少しくらい僻地でも良いのです。
ここにも、都会から『文化人』が入ってきております。染物をする方だそうです。私も『藍染』の壷を見せてもらったことがあります。
道の駅とかでも作品は売られているようです。
ネットの方ではPDFファイルですが下のところにあります。
http://homepage3.nifty.com/kinan-tdc/tour_info_pages/tourguide/20070708aizome.pdf
興味のある方はたずねて見られたら良いかもしれません。柳谷に入ってしまえば誰に聞いても分かります。
分校の脇の道を山のほうに入り行き止まりの所です。
カメラは
フジかST605N
レンズは
シュナイダー・クルタゴン35mm2.8
この周辺です