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LUZの熊野古道案内

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2008年 04月 04日

熊野の旅 熊野市金山町

 熊野市金山町(かなやま)は金山(きんざん)では無いのにそう呼ばれています。
 昔々は『貝の山』『狭の山』(かいのやま)と呼んだそうです。
 この呼び方は今でも地元の人が時々使うときがありますが、一般的には『金山』です。
 
 昔、この一体に飢饉や火災など不幸が続いた、寛永11年(1634)に『金も出ないのに金山と名乗るのが悪いのだ、これからは貝の山とせよ』と、お役人が命じたと言う記録もあるそうです。
 それでも、地元では又金山に戻ったとか・・・

 この金山で、全く金が採れなかったかと言うと、採れたのではないかと言う説もあるようです。
 今も現存する旧家の先祖さんが掘っていたとか、金の採掘跡だと言う穴があるとかいいますから、ひょっとすると・・・
 それに、紀和町の銅山からも近いですからね。
 まあ、近代採掘に合う様な金鉱ではないことは確かでしょう。
 資源に乏しい日本列島ですが、こと、金銀に関しては決して乏しかったわけでは無いですからね。可能性はあるかもしれません。
 佐渡の金、石見の銀・・・どちらも世界最大級の鉱山だったのですからね。
 少々、開発が早すぎて、ただ同様でヨーロッパに流出してしまったようです。

 この『かなやま』は近代において、『金を生む山』と期待されたことが何度もあります。
 国の先端を行くパイロット事業で作られた『金山パイロット蜜柑園』はみかんによって百姓が潤い、みかん狩りによって観光産業が発展する・・・はずだったのです。
 南海・高島グループが列島改造論の発想でリゾートホテルを建てたのも、ここ『金山』の山の上でした。全国から、環境客が押し寄せて・・・のはずでした。
 リゾート法なんてのが出来た時には、『ゴルフ場』『滞在型保養施設』が、何十年に一回くらいしか黒字にならない蜜柑園と廃業して建物すら残らないホテル用地を使って作られる計画が浮上しました。これも、バブルの波に乗って、ゴルファーが押し寄せ、都会から何も無い金山に保養客が押し寄せる・・・はずでした。
 どれも、金鉱脈並みにお金が沸いてくる計画ばかりですね。

 そして・・・
 降って湧いたように決まった、『世界遺産指定』です。
 バブルがはじけて消えていた保養所計画・・・「フルーツフラワーパーク」「スポーツ交流拠点」など色々名前を変えながら裏でうごめいていたものが生き返り、便乗公共事業で作られています。
 一部が完成したようですが、地元でも話題になりません。
 金を産むのではなく、金を埋めるような事業なのは明白なのですが・・・
 ものすごく立派なパンフレットが先日新聞に折り込まれてきました。ちゃんと、民間に見えるような団体をでっち上げたようです。
 まあ、悪口はやめましょう。
 中央省庁に比べれば、地方のやることは予算規模に合わせて規模は小さいですからね。どうせ、人の金だと思っている連中がやっているのですからそんな物です。
 しかし、石畳以上に、こんなのはこれから毎年ランニングにずっとお金が垂れ流されるので厄介ですね。
 皆さんもぜひ熊野まで来て利用してやってください。
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この周辺です

by je2luz | 2008-04-04 11:36 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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