LUZの熊野古道案内

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2008年 03月 16日

熊野の旅 1962年秋・木本漁港

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 この赤外写真は昭和37年(1962)12月27日に撮影した熊野市木本漁港の遠景です。
 近海の一本釣用の漁船が16艘きれいに並んで浮かんでいます。
 このたくさんの船の他に、浜には地引網漁用の木造船が何杯か揚げられていたはずです。
 後ろの脇の浜部分には岸壁も何もありません。坂上田村麻呂が来た時代と変わらない、木本浦の浜です。それでも、これだけの漁船を抱える漁港だったのです。
 戦時中に徴用などで減っていた船が、戦後の復興期に一気に増えていた時代です。
 この数年前に襲ってきた伊勢湾台風によってこの沿岸の磯は見事に環境が壊され、漁師さんの言う『磯焼け』が回復しないままの時期です。
 そうした環境の変化と急速に増えた漁船による乱獲で大幅に漁獲高が低下した時期でもあります。
 このあたりをピークに木本の船の数も年々減少して行き。親地町(おやじまち)の漁師さんの子供たちも岡の上や外へ仕事を求めるようになってきました。
 この傾向は全国の漁村で見られたものです。

 木本港に岸壁が整備された頃にはこうした漁船群は見られませんでした。
 近年では熊野市内に確か6つあった『漁業協同組合』も大合併し『熊野市漁業協同組合』一本になったはずです。
 後継者難を言われ続けている業界です。今のところお年寄りが元気なので磯崎・遊木・二木島などまだまだ船はたくさん残っていますが、先行きどうなることやら・・・
 魚の消費量が減ってしまったとは言え、日本独自で手に入れられる蛋白源は最終的には海に頼らざるを得ないでしょう。

 海水温がじわりと上昇し始めています。
 あと少しすると、今捕れている魚がへって、南方の魚が姿を見せるのかもしれません。
 サンマ・鯖などの青い魚に代わって、赤や黄色のきれいな肴が食卓に上るようになるかもしれませんね。
 私は余り食べたくないように思いますが・・・

 下は今年3月の同じ木本港遠望です。
 巨大な防波堤に荷揚げ場所が出来ていますすが、漁村としての活気は昔日の面影の無いものです。
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 カメラは 上の写真ニコンF+ニッコール105mm+さくら赤外フィルム  下の写真はニッコール85mm+ネオパンSS
この周辺です

by je2luz | 2008-03-16 12:31 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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