LUZの熊野古道案内

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2008年 03月 09日

熊野の旅 熊野市立木本小学校

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 熊野市立木本小学校の写真です。
 すぐそばに聳える『要害山』から撮った物です。
 この校舎は昭和32年(1957)に建てたもので、撮影は今年平成20年3月(2008)です。
 休み時間なので、児童が運動場に出て来ています。その数、60名ほど数えられます。
 この人数だと、この運動場も広く見えます。実際はリトルリーグでさえがライトはまともに守備につけない狭い運動場なのです。
 昭和32年と言うと戦後のベビーブームの子供が在学中の時期ですね。そのころは、日本中の小学校に子供があふれていたものです。
 この、木本小学校でも、生徒数が1500名にもなっていた時代です。クラスも50人学級で、松・梅・竹・桜・・・・定食のように名前がつけられていたものです。
 この運動場は当時のままです。広げられたわけでも、狭められたわけでもありません。
 つまり、この運動場には、その千数百人の児童が昼休みなどに飛び出してきたのです。
 今の生徒数は、この写真に見えている数の倍ほど百数十名です。鬼ごっこだろうと、サッカーだろうと十分出来ます。しかし、それの10倍にも達する子供が出てきたのでは、走ることも縄跳びなどもままなりません。鉄棒なども勢力の強いグループの独占物になります。
 私は、山間部の児童数の少ない小阪小学校に通っていましたから、そんな過密なのは経験しませんでしたが、この木本小学校では、運動場の使用を曜日により高学年・低学年に仕分けして制限した時代があったようです。
 過密も困りますが、学校の過疎。それも中心部まで過疎が進むのは寂しいですね。

 熊野市は『少人数学級』をとうの昔から実行しています。
 しかし、それによって優秀な人材がたくさん出たとも思えません。
 昔でも、田舎は『少人数学級』で、山間部などは『個人授業』でした・・・優秀な人材が出来ると考えるより、社会から落ちこぼれるのでは・・・などと心配されたものです。
カメラは コダック・シグネット35
この周辺です

by je2luz | 2008-03-09 10:51 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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