LUZの熊野古道案内

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2008年 03月 08日

熊野の旅 半世紀の時 

 半世紀・50年と言うと随分長い年月です。
 しかし、自分が過ごしてきた半世紀は長いような長くなかったような、微妙な長さの年月です。
 私の手元に残っている、私が撮影したフィルムでもこの半世紀と言う年月を越えてきたものがあるようになってきました。
 半世紀前、 1958年当時カメラ界は35mmカメラが主力に変わった頃です。
 私のカメラは、『オリンパス35S』でした。レバー巻上げの最新型です。
 しかし、その時にはすでに一眼レフの時代が始まっていたのです。
 旭光学はすでに今の形の一眼レフ『アサヒペンタックス』を出していたのです。
 これをみても、半世紀とは微妙な長さの年月のようです。
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 この微妙な長さの中で、私の周りの人たちはほとんど入れ替わったわけです。
 この写真は、1960年のものです。
 白線が一本入った帽子をかぶっている中学生が砂利道をリヤーカーをつけて自転車で荷物を運んでいます。
 場所は木本町、多分、今のモスバーガーのあたりだと思います。
 木で作ったパネルを使ってコンクリートを流した跡のはっきりした堤防は旧堤防です。
 今はこの部分に国道42号線が走っています。
 この頃の国道は町中、記念通りを通って『紀伊木本駅』の駅前を抜けていました。
 木本で一番変わったのは、繁華街ではなく、この海岸道路でしょうね。
 完全に裏通りで、芋畑や倉庫くらいしかなかった『浜の道』・・・本来の『浜街道』だったのです。
 ここに昭和44年ごろでしょうか、鬼ヶ城の根元にトンネルを掘って、国道が移って来たのです。
 今も熊野古道歩きの人は、三重県がせっかく作ってくれた『石畳』の本町を歩かずに、国道沿いを歩くことの多いのは、松本峠を越えてきた人が獅子岩・花の窟・・・新宮方面に歩こうとすると、無意識に海岸に出て南下するのが自然なのかもしれませんね。
 国道が出来て40年ほどになるのですが、今でも、この回りに住む旧来の住民には、国道側は『裏』なのです。
 私の家は木本らしくなく『裏の方』に向いて建っています。
 浜筋を歩かれる方は、我が家の前を通ってゆくわけです。余り多くは見かけませんがね。 

この周辺です

by je2luz | 2008-03-08 11:56 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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