LUZの熊野古道案内

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2008年 02月 26日

熊野の旅 日本の海岸

 日本の海岸線で荒磯以外の砂利や砂の浜で自然のままで残っているのはほんの少しだけです。
 内湾の砂浜だった所などは、港湾となって埠頭などが作られ面影もなくなったところが沢山あります。
 外海に面した浜では激しい浸食で浜が姿を消し、もしくは、姿を消しそうになってきたので、対症療法のテトラポットなどの投入で余計に侵食を進めているところもあります。
 養浜(ようひん)事業と言う名で、色んな形の土木事業も行われています。
 しかし、相手は強大な自然です。人間に力では押えきれるものではありません。

 三保の松原で有名な海岸や大井川河口の海岸、愛知県の赤羽海岸など、浸食の激しい海岸も視察に行ってきました。
 数メートルとか数十メートルと言う単位での海岸線後退ではないところもあります。
 昔からの神社のあったところが海の中・・・恐ろしい所もあります。
 太平洋の荒波は24時間365日全く無休で削り続けます。
 かつては、24時間365日無休で砂や砂利を運んで積み上げて陸地を増やしてくれた同じ波なのです。

 以前はダムだとか砂防工事が海岸線に影響を及ぼす、もしくは及ぼす可能性があるなどとは口にもしなかった「建設省」なのですが、十数年前に『可能性』について認めるようにはなりました。
 今では、ほぼ認めるようになっていますが、これも、認めた方が都合が良いのでそうした節があります。
 もはや、巨大ダムで予算を分捕れる時代ではないし、砂防工事などはちっぽけだし・・・
 これからは、『海岸浸食対策事業』が無限の可能性を秘めた項目だからでしょう。
 岡の上に10億も放り込むと結構な物は出来るのです。しかし、こと海岸、海となると、100億放り込んでも微々たる物です。
 『賽の河原の石積み』と言いますが、鬼が来ようと水が出ようと、場所は『三途の川の河原』です。見たことは無いですが、スケールから言うとやっぱり川でしょう。
 しかし、海岸に対策用の構造物を作る相手は『海』なのです。大変なことなのです。
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 この写真では良く分からないのですが、ここ七里御浜、木本の浜の50年前のものです。
 直径10cmほどもある石の混じった大きな砂利の帯、3cmくらいのが主力の中くらいの砂利の帯、1cmほどの砂利が多い小さい砂利の帯・・・そうした帯が交互に波打ち際から堤防まで並んでいたものです。
 海の荒れ方によって運ぶ力が変わるので、まるで、『唐み』と言う農機具で穀物を選別するように砂利を選別して並べていたのです。
 今の『七里御浜』ではこうして光景はほとんど見られなくなって来ています。
 最下流に当たる木本の浜では、小さな砂利、最早砂利とは言えない大きさになってしまった豆粒大のものばかりになって来ています。
 この砂利の元となる石ころの補給が50年ほど前の『熊野川総合開発』と言う名のダム群の建設で途絶えたからです。
 ここまでして作ったダムも、原発の稼動率を向上させるために、邪魔者扱いをしています。
 恐ろしい連中です。
この周辺です

by je2luz | 2008-02-26 11:17 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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