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LUZの熊野古道案内

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2008年 02月 20日

熊野の旅 番外 1962年の出来事

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 この取材風景の写真は1962年5月23日のものです。
 もう、テレビ放送は始まっていました。この現場も中継されていました。
 しかし、まだまだ、ニュースの現場ではこうした16mmシネカメラも現役で動いていました。
 これ一枚しか取材風景を撮影した駒がなかったのですが、新聞社の取材ではあるいはまだスピグラを構えたベテランが居たかもしれません。なにせ、めったと撮る事の出来ない世界的有名人、英雄の講演会ですからね。
 時代はまだこうした時代ですが、この取材陣のカメラの先に居たのは下の写真の男です。
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        Yurii Alekseevich Gagarin
 この肩幅の広い頑丈そうな男こそ、人類で最初に宇宙を飛んだ男『ユーリ・A・ガガーリン』です。
 地球は青かった』と言ったとか言わなかったとか・・・
 彼が最初ではないだとかなんだとか・・・
 生きて帰った宇宙飛行士の第一号であることには間違いありません。
 時は冷戦の真っ最中です。
 世界中がイデオロギーの拡張合戦で生臭い状態でした。
 それでも、この『ソ連人』は世界中を講演して廻ったのです。
 ソ連にすれば、国家の威信、共産主義の宣伝にうってつけの人物でした。
 見る方は、イデオロギーより何より、人類の夢、『宇宙の旅』から帰った男が見たかったのです。
 駆け足訪日の一齣で、場所は早稲田の記念会堂です。
 当時では東洋一の体育館で、私はこの中で体育の授業でバスケットを一年間やった場所です。
 当日の観衆は12000人とか言われています。
 この写真をこの位置で取れたのは、『写真部』のご威光です。
 写真部の腕章があればほとんどの所にフリーパスで入れましたからね。プレス並の扱いでした。
 と、言うわけで、当時一年坊主の私が取材に入れたわけです。
 この一連の写真も今では数少ない資料かもしれません。

 折りしも、今日の新聞では、当時若者に人気のあった『カストロ議長』が引退声明とか・・・
 時代はやはり流れています。
 使った資材は ニコンF+ニッコール105mmだと思います。
 
この周辺です

by je2luz | 2008-02-20 11:15 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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