LUZの熊野古道案内

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2008年 02月 15日

熊野の旅 こんなの見つけました 1957国鉄バス

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 映画のロケのシーンではありません。
 1957年(昭和32年)当時の国道42号線の風景です。
 場所は『船石』(ふないし)と言われる所です。
 写っているバスは、いすず製の『三重交通バス』です。
 ***最初アップした時『国鉄バス』としましたが、三本線の三重交通です。***
 「BASU」ではなく「PASU」と発音します。
 このバスは、もちろん、ボンネットバスです。
 人が歩いている所は『船石の橋』で、木で作られたものでした。
 多分、この時は痛んでいたか災害かで修理・架け替え中で人が降りて渡ったのだと思います。
 この当時、国道と言えども橋は木造のものがまだまだたくさんありました。路面はもちろん土道、砂利道でした。
 カーブでは砂利が自然に寄せられて、バンクを形成していたので、外に滑り出すことなくうまく廻れたものです。
 その代わり、カーブで対向しようとすると、そのバンクを乗り越えなくてはならないので、一苦労でした。
 急カーブになればなるほどバンクがきつくなっているので、荷物を満載して重心の高くなったトラックなどは危なかったものですし、当時活躍していたオート三輪では、そうしたところでの対向は出来なかったものです。
 この当時には、まだカメラをもった人は少なかったですし、フィルムが高かったので、漠然と風景を撮るということが少なかったものです。
 先年、『国鉄バス紀南線』の展示会をやった人たちも写真集めに苦労したようです。
 私もこの辺りからは35mmカメラを持ち歩いていたのですが、写っているのは、同級生だとかなんかの行事だとか、それも人物ばかりで、今となっては貴重なはずの『ありふれた風景』を撮った写真がほとんど無いですね。
 中学生の身分では新しいカメラを持っているだけでもものすごい贅沢で、フィルムの一齣も無駄に出来なかったのでしょうね。
 この『船石』は今も国道42号線が通り、急カーブの橋になっています。
 橋の名前は『尾地山橋』だったと思います。
 今では、登坂車線もある、三車線の立派な橋です。
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 上の写真のカメラは オリンパス35S1.9
 下の写真は メオプタ・ミローナII・チェコスロバキア

この周辺です

by je2luz | 2008-02-15 11:35 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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