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LUZの熊野古道案内

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2008年 02月 11日

熊野の旅 建前

 過疎で老齢化の進む熊野でもまだまだ家は少しずつ建てられます。
 山間部などではほとんど建たなくなっていますが、中心部ではたまに『建前』が見られます。
 今日は二軒隣で『建前』が行われています。
 この『建前』の風景は随分変わりました。

 まず第一に、近所の人の手伝いが無くなりました。昔は近所の人が手伝いに行き、用材の運び込みから所定の場所への持込、なれた人だと柱はもちろん屋根の組上げまでやっていました。垂木を打ちつけ、野地板を打つまで、ほとんどの所を素人集団が手を貸していたのです。
 もちろん、間に合う人ばかりではなく邪魔になるような人も手伝いに来ていました。何をして良いやら分からず、うろうろする人がたくさん居るので、『建前ではなく立ち舞いだ』と言う人も居たくらいです。
 葬式などと同じで、互助の作業ですから日当はありません。炊き出しのお昼と野地板を打ち上げてから、その建物に仮に敷いた床板の上での宴会が報酬でした。
 こうした素人参加の『建前』はかなり前から姿を消しています。今では、大工仲間と住宅関連工事の職人などが集まり、家によっては『とび職』を雇ってやっています。
 部材の持ち上げは『重機』を使います。
 今のご時世、素人さんを参加させて怪我でもされたら『労災』などややこしいですし、今の男衆ではこうした現場で役に立ちませんからね。

 二番目に、建物の周りの『足場』です。
 昔はむき出しの状態で棟上を済ませ、棟上の終わった建物を囲むように足場を組んだものです。
 『足場』は、外壁を工事したりするために組むものだったわけです。
 木の足場は自立することが出来ないので、組み上げた建物にくっつけて作ったのです。
 それに、人力で部材を搬入して持ち上げる時には、足場などと言うものは邪魔な物でした。
 今では、高々と吊り上げた部材が空から降ってきますからね。それを足場の上の職人が受け止めて嵌めこむわけです。
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 この建物は小さなものです。細い道路にしか面していないし、敷地に全くの余裕が無いので、重機によって道路は封鎖されています。都会だと、ガードマンをつけないと許可は下りないし、クレームの山を築くでしょうね。
 裏庭だった所にはめ込むように建てられていますが、当然のように、柱は『桧』、胴差、二階持ち、小屋物などは『杉』と言うものです。
 今のように国産材が安い時でなくてもこれが当たり前だったのです。
 それなのに、そんなに単価は変わらないのに、平気で外材を使う大工さんも居ます。
 都会ならいざ知れず、紀州材の本場でも・・・
 これもご時世なのでしょうね。

 『建前』と言うと、『餅まき』が付き物だったのですが、今はどうなのでしょうね。
 昔は、全く知らない遠くの人も集まってくるので省略しにくかったものなのです。
 『ちょんな始め』(材木の加工始め)、『地鎮祭』『建前』など暦を見ないでやる私の時も、お袋がもちを用意してあったのでこの『餅撒き』はしましたね。
 そのほかの日は棟梁が勝手に暦を見て決めたようです。
 色んなやり方が変わっても、意外と『暦』を見ると言う縁起担ぎは今の若い人は熱心なようですね。
 今日は大安だとか・・・
この周辺です

by je2luz | 2008-02-11 11:06 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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