LUZの熊野古道案内

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2008年 01月 23日

熊野の旅 定年後に・・・

 全国あちこちで、定年後の人を誘致して定住してもらおうと言う企画が作られているようですね。
 地元から出て行った人でさえ、中々帰ってこないのに、他所の人はもっと来てくれにくいです。
 『老後は田舎でのんびり畑でも耕して・・・』なんていう人も居ますが、一旦住み着いた土地は、『住めば都』です。
 旦那さん方は、会社勤めとかで家を留守にすることが多いので、若いときは住所のある地域とのつながりはさほど強くありません。しかし、奥様方で専業主婦の方は、ご近所の付き合いや子育ての時期に出来た友達、文化サークルの友達など、しっかり地元に根を張っています。
 旦那が『定年で仕事に行かなくて良いから他所へ住もう・・・』なんて言っても、そう簡単に交友関係まで切ってついて行く訳にも行きません。当たり前です。
 それに、『畑でも耕して・・・』と、口では簡単に言えますが、家庭菜園でも、素人にとっては中々大変な作業です。よほど好きでないとねえ・・・
 さらには、田舎だからって、例えば、ここ木本のような町中に住んだのでは『田舎』に来た意味があまりありません。
 都会の人の描く『田舎』はここで言えば、山間部や海岸線の集落の景色です。
 水車が回り、牛が鳴く・・・までは行かないでしょうが、それに近い日本の原風景を求めたがります。
 全国、何処にでもそんな集落はあります。
 『限界集落』と今では呼ばれるところですね。
 田地田畑家屋敷全部まとめても数十万とか・・・
 こんな所では、若い文化人ならいざ知れず、老後では医療などの面でも不安ですよね。
 それに近くでは、魚一匹、味噌醤油も買えません。ものすごく不便です。
 だから、探す人でも適地は見つからないし、探す人も少ないですね。

 この辺で他所より少しましなのは、『暖かい』ことでしょうね。海岸線なら、年中家庭菜園で野菜が自給できます。

 もう一つ、ここには『三重県立木本高等学校定時制普通科』があります。
 定員40名ですが、近年では毎年数名しか入学がありません。
 今から定年を迎える世代は、高校進学率も急速に向上した時代の人でしょうが、それ以前の人とかを含め、卒業していない人もたくさん居られるでしょう。
 そんな人には良いのではないでしょうか?
 卒業まで4年掛かります。結構の年数、生きがいが続きます。
 高卒以上でも、『実業高校』とか『商業科』『家庭科』などの卒業生なら入学できるらしいです。『普通科』の卒業生は『高等学校普通過程の卒業を証する』なんて、卒業証書を与えられているので駄目だそうですが・・・
 いかがですか?
 田舎でのんびり、若い子に混じって高校生活を送ると言う老後は・・・
 それくらいしか『売り込み言葉』は見つかりません。
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 カメラは オリンパス35S
この周辺です

by je2luz | 2008-01-23 10:58 | 熊野 | Trackback | Comments(2)
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Commented by ジョニィー at 2008-01-24 07:55 x
ごめんください。お元気ですか。
貴殿の写真を拝見しておりますと、テレビの「水戸黄門」の舞台セットのようですね。水戸光圀公が建物の陰から姿が見られそうな風景です。
重要文化財に登録されているのですか。
十津川村の移住に付いては、仰るとおり明治22年の大洪水の折に、
だまされて北海道に連れてこられたのです。
その当時の山崩れで出来た湖が十津川村の永井に残っておりましたので、見てきました。当時の移住についてのことを、このコメント欄に書き込める字数が限られておりますので、詳しくは記すことは出来ませんが、
私が知っておりますことを今後書き込みます。よろしく。
Commented by je2luz at 2008-01-24 14:25
 熊野市は十津川のような歴史はありませんので大したものは残っていません。
 市指定の文化財はありますが、それ以上の物は無かったと思います。

 熊野川の河原に堆積している膨大な石ころのかなりの部分が十津川大災害の痕跡だと言う分析をした学者も居るくらいです。
 豪雨地帯の紀伊山地でも経験しなかったレベルのようですね。


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