LUZの熊野古道案内

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2008年 01月 22日

熊野の旅 伊勢路と紀州路

 伊勢路と紀州路を結ぶのが、私の家の前を抜ける、『熊野古道・伊勢道』です。
 今は、伊勢からこちらにまっすぐ向かう経路は事実上使われていません。
 国道・鉄道ともに名古屋・大阪から来ると、松阪・多気で『伊勢』と『熊野』の二方向に分かれます。
 伊勢に向かうのは、鉄道の方は『JR参宮線』と『近鉄伊勢線』で、道路は『国道23号線』と『近畿自動車道伊勢線』です。
 熊野方面には、鉄道は『JR紀勢線』の一本と、道路では『国道42号線』と『近畿自動車道紀南線』です。
 昔の国鉄時代から、『参宮線』は完全に並走する『近鉄線』に押され気味で。車両も古く冷遇されていました。そして、一時は廃線議論もされていたものです。
 近鉄にとっては重要な幹線路線ですから、車両などの近代かも積極的に進めて来ました。
 『伊勢湾台風』の時、並走する紀勢線・参宮線同様、近鉄線もずたずたにされました。復旧の方は近鉄線はたしか3日くらいで成し遂げましたね。ちょうどその頃に近鉄は『狭軌』から『標準軌』の変更をしました。電車を通しながら、線路を付け加え、完成と同時に、車両の台車も挿げ替えると言う大工事を成し遂げ、国鉄に比べ、圧倒的なスピードと安定性を手に入れましたね。
 それ以来、人の流れが変わりました。
 元々、名古屋方面からは『お伊勢さん』のほうが便利でなじみの深い所でしたが、もっと見込み客の多い『大阪』を中心とする『関西圏』のお客さんが、『上六(上本町六丁目)』発の近鉄特急で『伊勢』に向かうようになりました。
 国鉄ですと、『湊町』発の『関西線』で『亀山』乗り換えでの旅ですから、遠い遠い所だったのですがね。
 それまでは、大阪の人にとっての『旅』は、『天王寺』発で『勝浦』や『那智』など『南紀』に向かうものだったのです。

 『伊勢神宮』には『遷宮』と言う大きな行事が定期的に行われ、それも、一日二日と言うレベルではなく、何年もかかってやるものですから、宣伝効果もものすごく大きいですね。
 近年のテレビ時代になると、御用材の切り出しから始まって『お木引き』から『造営』『遷宮』と、順に追って行きます。一体何時が遷宮の年か分からないくらいです。
 『熊野古道』の和歌山側でやっている、『平安時代の貸衣装』や、この辺でもやる『今流のコンサート』に比べ、ここの行事は本物だけに迫力の差も出てきますね。
 名物も、何があろうとやっぱり『赤福』『お福餅』に対抗できるものは育ちませんね。
 こちらにだって、何とか賞受賞・・・なんてお菓子もたくさんあるようですが・・・
 新宮の『あゆの煎餅』『熊野(ゆや)饅頭』『鈴焼き』・・・決して悪いものではありません。何処に出しても恥ずかしくないですね。
 それに、全国レベルで名を成した『那智黒飴』もあります。
 木本にも『鬼瓦煎餅』『豆板』なんて名物もあったのですが・・・

 足場のよさもあるでしょう、正月の観光客動員数に関しては、『伊勢』かなり増加したようです。
 いつもなのですが、『伊勢』が増えれば『南紀』は減ります。
 かつての『三重・祭り博』の時なんか、『伊勢に客を呼べば熊野も増える』 なんて、誰が考えてもおかしい論法で協力要請が来ましたけどね。
 熊野三山を巡ろうと、鉄道で来たら駅で立ち往生、自家用で来ると、余分に数百キロ走ることになる・・・時間も余分に片道でも半日掛かる・・・
 やっぱり、よほどのマニアで無いと南紀までわざわざ降りてきませんね。

 こちらの人は実に気楽に、松阪だ名古屋だ大阪だ・・・と、買い物に出かけますがね。
 『難波』の人は『富田林』にはめったに行きませんが、逆は当たり前のことですからね。
 こちらの人が『お登りさん』して使うお金くらい、都会の人も使いに来てくれると、田舎も助かるのですがねえ・・・
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 カメラは センチュリー・グラフィック+テッサー135mmf4.5

by je2luz | 2008-01-22 11:41 | 熊野 | Trackback | Comments(2)
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Commented by ジョニィー at 2008-01-22 20:11 x
私は北海道に住んでおります、ジョ二ィーと申します。よろしく。
実は、父の故郷が十津川村の重里なんです。
勿論、北海度に来たのは、大正の終わり頃であり、今は天国です。
私も昭和56年8月に重里まで行きましたが、残念ながら、父ガ生まれた家はなく、唯一つ昔の重里郵便局の建物(一般の民家)があり、その中に
当時の受付のガラスが残されいました。
父の親は、この郵便局で配達さんをしていたとか、とても懐かしかったです。近くに野猿も川にかかっており、父も乗ったと生前話しておりました。
という事で、これからも立ち寄りますよろしく。
Commented by je2luz at 2008-01-22 22:32
ジョニィーさん
 ***
 十津川から北海道移住と言うと『新十津川村』の誕生した時でしょうかね。
 未曾有の大洪水だったとか聞きます。
 盆踊りもこの辺の『やっさのせ』と良く似ているとか・・・

 災害の後で急遽移住したのであれば普通以上に大変だったでしょうね。


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