LUZの熊野古道案内

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2007年 12月 20日

熊野の旅 山と海

 日本と言う国は、一部の平野部を除いて、ほとんどのところは、『山』か『海』があります。
 紀伊半島などはその典型で、山と海以外の田畑は猫の額のようなものです。
 地図をご覧になれば、ほとんどが濃い緑とか茶色で塗られています。申し訳程度に、海沿いのあちこちに薄緑の平地をちりばめてあります。
 かつて、通産省でしたか、大臣室にお邪魔した時、巨大な立体地図を見てそのことを実感しました。 こんな険しい地形が続くのは、三陸と紀伊半島ですね。
 険しい地形だと言うことは、山で生きるか海で生きるかしかないわけです。
 木本と言う町、新宮と言う町、ともに紀伊半島の南部できちんとした町の形態をなした、数少ない所です。そして、それを支えてきたのは、後ろに控える広大な面積の『山』です。
 『神々が住む』と信じられてきたほど、奥深かい山々が生活を支えてきたわけです。そして、その山人達を顧客に海人は魚を売ってきたわけです。
 今や、『山』は金を生む場所ではなくなっています。育て上げた美林がまさに二束三文で取引され、もうすぐ美林になろうかと言う育成途中の山は放置され、荒れるに任せています。
 雨量が多く急峻な日本の山は人手で管理しないと、土は流れ、痩せた岩山になってゆきます。その過程では、山崩れ、洪水を引き起こします。
 少し前に、群馬県とかの山があれたことで東京湾に流木が大量に入ったことを報じていましたが、下流に東京のような大都市のある川の上流には目が向きます。しかし、熊野川のように、下流にあるのがせいぜい『新宮市』程度の所には目が向きません。せいぜい、『国道がふさがる』事くらいしか関心を寄せてくれません。その道路も、169号の山崩れのように長期にわたり通行止めになっても、都会の人にも日本の大勢にも全く関係が無いですし・・・
 かくして、紀伊の国、『木の国』は滅びていっています。
 そんなに大きな山主が居たわけでもなし・・・
 たくさんの山主がそれぞれに頑張って美林を育ててきた熊野も最早林業の町ではありません。
 このような古い家だけが『林業家』が元気だったことを忍ばせてくれます。
 カメラは クラウン・グラフィック+シュナイダー・ジンマー210mm
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この範囲です

by je2luz | 2007-12-20 10:39 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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