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LUZの熊野古道案内

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2007年 12月 16日

熊野の旅 町の片隅

 何処の町でもそうだと思います。
 町全体を眺めるとどんどん移り変わってしまい、その町の歴史とか、栄えた頃の面影とかは薄れてしまっていても、町の片隅に、昔を偲ばせるものが眠っていたりするものです。
 城下町だと、建物が失われていても、石垣やお堀が残されていて、昔の栄光を忍ばせてくれるものです。
 門前町だと、その町を作り出し、支えてきた神社仏閣が残されていて、歴史が止まった空間があったりします。
 宿場町には独特の雰囲気を残した一角があったりします。
 山間の集落などでは、道こそ広げられて舗装され、『道路』になっていますが、田圃や畑は昔の風情をとどめるところがあります。それも、近年では圃場整備とかで根本的に変えられたり、廃集落になり消えて行ったりして減っていますが・・・
 木本のように中途半端な田舎町は、昔から人が住んでいても、お侍さんは『奥熊野代官所』に勤める人だけでしたし、今でこそ『世界遺産・熊野古道』なんて言いますが、この先に大変な難所を抱える所なのに『宿場町』でもなし・・・とりたてて、この町を代表する時代は無いようです。
 江戸時代は紀州藩の隅っこで、米を取るほどの平地も無く、ここで魚をとっても、和歌山や浪速に送るとすればカチカチの干物にするくらいしかできない所だし、紀州の殿様が江戸に登る時に行列が通るわけでもなし・・・さほど栄えはしなかったようです。
 木本が栄えたのは、明治以降、汽船によって材木などが搬出されるようになってからのようです。一気に材木屋、林業家がお金持ちに成り、街は栄えたようです。
 そして、大正、昭和へと鉄道が入り、巡航船が尾鷲とを結ぶようになって、物流や人の流れの拠点として町が大きくなったようです。
 その頃に建てられた建物や、お金持ちになった人が、狭くて土塀で取り囲んだり出来ない狭い屋敷を飾るために作った石垣などが、ポツポツと残っています。
 表通り側は、道一杯まで出して家を建てていますから、そうしたおしゃれな塀は裏側の路地に面した所に作られたものが多いのです。
 幅3尺とか4尺しかないような路地み面した所に残されている、そうした時代の遺産は、観光客の皆さんの目に留まることも無く、地元の人にも忘れられています。
 石垣とレンガの組み合わせ・・・大正から昭和初期らしきもの、石垣と土塀など、結構、趣はあるのですが・・・
 何処へ行っても路地裏に入りたがる私のような人が居れば目にされることがあるかもしれません、。時間があったら探してみてください。
 香港などの路地裏と違い取って食われることはありませんから・・・
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 カメラは センチュリー・グラフィック+スーパートプコール65mm
この範囲です

by je2luz | 2007-12-16 11:52 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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