LUZの熊野古道案内

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2007年 11月 24日

熊野の旅 お稲荷さん?

 奥川邸の台所、鴨居の上に小さな祠が祭られて居ます。
 その神棚の中味は不明なのですが、棚板にキツネ様がすわっているので、多分、稲荷参加と思います。
 この辺の台所には『荒神様』が祀られていることが多いのですが、ここの台所の反対側の板壁には木本神社のお札があったように思います。
 この奥川家は木本町のちょうど反対側にも分家があり、そこの敷地内に『稲荷神社』を誘致して鎮座させたと言う家柄ですから、『お稲荷さん』が祭られていてもおかしくは無いのですが、ちょいと場所が・・・
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 木本と言うのはものすごく古くは、漁村として開かれたものではないかと思います。『鬼の元浦』とかいて「きのもと」と呼んだ時期もあるようです。
 近代に入ってからは、紀勢西線の終点『紀伊木本駅』を抱え、『紀勢東線』の始発駅『尾鷲駅』までの、巡航船、連絡バスの乗り継ぎ場所、周辺の村々の物流の拠点として栄えた町です。
 紀州材の中でも、優れた材質を誇る材木の生産地として、木材の町としても栄えたのです。
 この奥川家も木本で指折りの『山主』でした。
 この辺で言う『だんなし』の家です。これは多分、『旦那衆』のなまったものでしょうね。
 今の子供は使わないようですが、わたしたち子供の頃は『あそこは、だんなしじゃよってに・・・』などと言う風に使っていましたね。
 これも、『一億総中産階級』といわれるようになって『だんなし』なんてなくなったのでしょうね。
 更に追い討ちをかけるように、この20年余り前からの、材木不況、林業不振から林業壊滅への流れで完全に消滅しましたね。
 相変わらず、固定資産税だけはかかっていますがね。
 
 話がそれましたが、一時期は『商都』として、お店がずらりと並んだ木本の町ですし、商業圏も『お稲荷さん』の好きな『大阪圏』だったのに、意外とお稲荷さん信仰は盛んでもなかったようです。
 まあ、大店だったところにはちょこっと祀られてはいるようですが・・・
 お寺の境内に付属したり、神社の中に同居したりはしていますがね。
 『お稲荷さん』は『秦氏』に関係があるとか言われるようですし、この近くには『秦氏』に関連すると言う『波田須』なんて所があるのですが・・・
 まあ、あんまり信心深い土地柄でもないので、祀ってあったも大層な行事になっていないのかもしれません。
 第一、古より『神々の里』ですから、神様の一人や二人、珍しくもないですからね。
 それにしても、現代の神様・・・『お客様』はちっともお見えになりませんね。
 カメラは センチュリー・グラフィック+スーパートプコール65mm
この範囲です

by je2luz | 2007-11-24 10:19 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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