LUZの熊野古道案内

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2007年 11月 16日

熊野の旅 昭和は遠くなりにけり 5

 田舎の街といっても意外と古い物を実際に目にすることは少ないものです。
 半世紀前には常識で、生活の中にあったものが知らない間に変わってしまい。画されてしまっています。
 家の構造でも、昔の家は仏間とか客間のような『良い部屋』以外には天井が無いものが多かったのです。
 『おくどさん』で薪を燃やし、寒い地方では囲炉裏でも薪を燃やしましたから、煙が充満し、天井のようなものがあると煙が低くたまるのでそれこそ息が出来なくなります。屋根裏まで逃がして煙たさから逃れるとともに、家を乾燥させ、すすを染込ませて丈夫にしていたのです。
 昔の古い家は、真っ黒な屋根裏が頭の上にあるので、中に居ると昼間でも怖いような感じでした。
 私が育った家は小学校の頃に台所以外の部屋に天井を張ってくれたので随分怖さはなくなりましたが、真っ黒な柱に真っ黒な屋根の小屋組みが幼心に恐ろしかったことを覚えています。
 奥川邸の台所も天井が無く、まっくるにすすびた小屋組みが見えています。
 昔は、この暗くて高い天上の下にせいぜい40Wくらいの伝統だけがぶら下がっていたのです。庶民の家だと20Wの定額契約で家中で20W一灯なんて生活だったのですからね。
 その時代に『二又』を考案したのが松下の始まりだったのです。
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 この家では、碍子を使った蝋引き線の配線が残っていて、今も現役で電気を送っています。
 VP線などのような味気の無いものではなく、職人の心意気が現れているような配線です。
 誰に見られても恥ずかしくない露出配線です。
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 カメラは センチュリー・グラフィック+スーパートプコール65mm
この範囲です

by je2luz | 2007-11-16 10:45 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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