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LUZの熊野古道案内

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2007年 10月 20日

熊野の旅 姉妹都市1 ブラジル・バストス市

 ブラジル・バストス市などといってもほとんど知る人は居ないでしょう。
 移民に詳しい人なら日本人が入植した地として知っているかもしれません。
 大人の世代ですと、ここから送られてきたブロイラーをそれとは知らずに口にしたかもしれません。
 サンパウロ州のはずれにある、田舎町ですが、最初は日本人の移民先として『バストス一族』と言われる大地主から土地を買い取ったのが最初のようです。
 この町はジャングル状態のところを日本人移民が切り開いた所であり、日本人社会であった所です。
 サンパウロは日系人の多い所で、サンパウロ州と三重県が姉妹県になっています。南牟婁郡出身の人が州警察のえらいさんになっていたこともあり、その世話で『姉妹都市』が流行った頃に熊野市とバストス市が姉妹都市になったようです。
 このバストスは当初日本人の町でしたが、町の発展とともに労働力として「ブラジル人」(現地の人がポルトガル系とかの人をこう呼んでいました)が流入し、今では日系人の比率が20&以下になったのではないかと言われています。
 主な産物は、農産物と鶏・卵です。ブラジル一とも言われる鶏の産地です。
 ベルトコンベアーでブロイラーを処理する工場もあります。そこを見学した後で出た鳥料理は気分的においしく無かったです(笑)
 日系人の多い町だったこともあり、1950年代から1990年代に掛けてはほとんどの時、日系人の市長が座っていました。
 南牟婁郡出身の方も成功して大きな農場を経営しておられます。
 しかし、地球の裏側の町です。姉妹都市を結んでも中々交流なんて出来ませんね。
 熊野市からバストスに使節団が送られたのは三回くらいでしょうかね。
 1993年8月に三重県とサンパウロ州の提携20周年とかの使節団が訪伯する時に、熊野市にも派遣要請がありました。24時間のフライトと言う難行が待ち構えているので、全く希望者が無く、県議、助役のほかでは私が行くことになり、行って来ました。
 まだ、インフレが止まらない社会情勢も悪いブラジルでしたから、熊野市の三人が別行動でバストスに入ることを三重県庁は嫌がりました。しかし、地球の裏側まで行って置きながら、姉妹都市に行かないなんて馬鹿なことは出来ませんから、切符だけ手配してくれればよいからと言うことで無事訪問できました。
 時の市長は『木村さん』と言う上品な人でした。もちろん、日本語の通じる人でした。
 市議会の中もまだ日本人が多く占めていましたし、観光協会長なども日系人でした。
 日本と違うのは市長が変わって、政権が変わると、町の役職なども総入れ替えになるということです。建設途中の建物でも予算が削られて止まってしまうようです。その辺はラテン系の国らしいですが・・・
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 この写真は市議会議事堂前で私たち訪問団を待ってくれている現地の人たちですが、熊野に居る時より、和服を着た人や茶の湯など『日本』が一杯ありましたね。
 茶道、日本舞踊などここ熊野市よりずっと熱心なようです。
 そうそう、ここのお祭りは『たまご祭り』です。日本のお祭りではないようです。
 1993年にここの市役所を見学した時、ブラジルではすでに市役所の職員のディスクにパソコンが座り、OSはウィンドウズでした。その頃の熊野市にはパソコンなど無く、ワープロでさえポツポツでした。このずれは決してまだ追いついていないようですね。
 バストスについての詳しいことは バストス市公式ホームページをご覧ください。 ただし、ポルトガル語なんですよね・・・
 公式訪問してきたのですが、いまだに、この『姉妹都市』と言うものの趣旨とか意義とかが良くわかりません。
 やたらと金がかかることだけは分かりました。
 時効だからいえますが、お役所の手配した旅行なので、ものすごく高価なたびでした。けっして、『豪華』ではなかったのですが、『高価』だったのです。
 皆さんの町はどんな所と姉妹都市を結んでいるのでしょうね。

この範囲です

by je2luz | 2007-10-20 11:39 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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