LUZの熊野古道案内

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2007年 09月 21日

熊野の旅 田舎と都会 今昔

 田舎といっても今と昔ではずいぶん違います。
 都会といっても今と昔ではずいぶん違います。
 大東京といっても私が上京した頃にはまだまだ田舎が一杯ありました。
 昭和36年、高度成長期の入り口付近で、鹿島工業地帯が造成された頃です。そして、公害がはびこりだした時代ですが、西武新宿線でも下井草など駅の周囲にはお店もありましたが、駅から少し離れれば麦畑でした。冬には霜柱が光っていました。東京にも田舎が一杯あったのです。
 その頃の田舎ではようやくお金持ちの家にモノクロテレビが置かれて都会の生活が目の前に描き出されるようになった頃です。
 スーパーのはしりが木本に出来ていましたが、今のように全国同じ食材が並ぶ時代ではありませんでした。レタス、セロリなんてハイカラな野菜は、まだ田舎まで行き渡っていませんでした。ラーメン屋さんなんてものも田舎にはありませんでした。関西では『うどん屋さん』関東では『蕎麦屋さん』の時代です。それでも東京にはラーメン屋さんが沢山ありました。
 道路は田舎では地道、砂利道なのに都会ではコンクリートはアスファルトの舗装道路でした。
 着ているものは田舎の子供と都会の子供ではずいぶん違っていましたね。東京の女の子がかわいく見えましたからね。
 電話は東京ではダイアル式、田舎ではハンドルつきの交換手経由でした。これは便利な所もあって、電話番号など覚えなくても『○○さんとこ』と言えばつないでくれました。万能の音声識別交換機みたいなものでした。
 いろんなことで都会は都会的で田舎は田舎的、区別がはっきりしていました。
 今は日常生活などでは『ド田舎』の山の中以外ではさほど差が無いようになっています。通販も発達して何でも手に入りますからね。
 しかし・・・昔は差が無かったのに今では大きな差が出てしまったものもあります。 
 DVDで見れば見れますが、『映画館』などと言うものは当の昔に田舎から消えてしまいました。この熊野でも三軒の常設映画館があったものなのですがね。
 それに、写真屋さんもどんどん廃業してゆきました。
 焼付けはスーパーの中にチェーン店一軒と街中に三軒ほどの自営店がありますが『カメラ屋』はありません。かろうじて35mmのカラーネガフィルムが数種類手に入るだけです。
 もっとも『カメラ』の名前が付いた店でも大手のものはカメラやでは内容になって来ていますがね。
 そうそう、昔は観客動員も出来たからかもしれませんが、『美空ひばり』や『三波春夫』なんて人気歌手も興行をうっていましたが、近年ではそんな大物は田舎に来ませんね。
 映画館があってもどうせ見に行かないのですし・・・写真屋がなくなってもほとんど誰も不自由しないし・・・
 バス路線が消えても、元々乗る人は居なかったのですし・・・
 色んな格差が広がっているはずなのに、現実の田舎生活ではまだピンとこないのですね。
 中心部の木本でさえ、シャッター通りどころか、櫛の歯がかけるように空き地だらけになって来ています。後10年後暗いから先で、こうした田舎は一気に過疎が進行します。
 格差なんて言葉では最早表せないものでしょうね。
 昔と違い、目に見えるものは都会も田舎もそんなに変わらないのですがねえ・・・
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by je2luz | 2007-09-21 11:56 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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