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LUZの熊野古道案内

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2007年 09月 19日

熊野の旅 災害の秋

 女心なのでしょうか?天気が安定しません。
 昨日は空気が透き通って、『秋だ!』と言う日でした。
 今日は打って変わって、時々小ぬか雨降るどんよりした天気です。

 最近はレーダーの進歩とコンピュータによる解析力の向上で局地的豪雨の予測もそこそこできるようになってきたので、警報や注意報が良く出ます。
 以前なら明らかに前線が活発化しているとか、台風が接近している時しかでませんでした。  『抜けるほど』降っていても測候所から遠い所では警報も出注意報も出ませんでした。降った記録さえ残らなかったのですが、今はアメダスが細かく配置されているので降った記録は残ります。
 地震でも地震計が配置されていなかったこの周辺は、ぐらぐら揺れても震度など発表されることはありませんでした。
 巨大地震の震源の近くだと最近では注目されるようになった場所ですが、この辺はいろんな意味で捨てられた場所なのです。
 戦国時代でもこの辺を取りっこする武将は居ませんでした。太平洋戦争でも日本軍も守備隊を配置しませんでしたし、米軍も無視していました。そして、うまい具合に一基も出来ずに居ますが、原子力発電所の候補地が熊野市をはじめあちこちに出来ました。
 なにせ、人口密度が低く東紀州と南紀・・・紀伊半島といわれるところが全滅しても20万人ほどしか居ません。ラッシュの新宿駅とその周辺程度の人間がが広大な面積に分散しているのです。大災害があっても被害対象人口の予測は低いものになります。
 
 この地方は豪雨地帯になっていました。そして、確かに良く降ります。
 よく降るところだけに、河川もそういう作りになっています。深い谷状の川ばかりです。平野が少ないので、急流が一気に水をはかします。
 300mmの雨くらいは当たり前の場所なのですが、北のほうではそうでもなかったわけです。
 地球の温暖化のせいでしょうか・・・近年は関東、東北での集中豪雨が目立つようになりました。この辺で当たり前に降っていた豪雨が降る場所を少しずつ北に移って行ったようです。
 広い面積の雨を集めて平らな所を流れなくてはならない関東や東北の川では想定以上の雨には耐えられないでしょうね。

 災害の記憶はすぐに忘れられてしまうものです。
 この辺でも南海・東南海地震の記憶はもちろん、伊勢湾台風の記憶もほとんど人々の頭から消えています。
 災害に割りと強い地方だと言うことで救われていますが、災害による学習はされていません。
 北のほうでは、豪雨の記録も少なかったですから、学習のしようが無かったかもしれませんね。
 自然の前には人間なんて何も出来ません。『耐える』と『逃げる』しかありません。
 人間は逃げられますが、農作物などは逃げられません。三日水に漬かった米は発芽してきます。
 米どころの被害も大きいようです。お気の毒なことです。
 こんな時こそ『水稲共済』の出番なのですが・・・不正受給などやってる場合じゃなく・・・
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by je2luz | 2007-09-19 10:59 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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