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LUZの熊野古道案内

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2007年 09月 09日

熊野の旅 木本の宿命 水槽石

 時々書いてきましたが、ここ熊野市木本町は後ろは山、前は海、気候温暖・・・非常に住みよいように思える場所ですが、昔は人が住むにはあまり適さない所でした。
 両脇に川はあるのですがメインストリートとなっていた浜街道沿い、今の本町筋などは下が砂利なので井戸が掘れないのです。掘っても地下水位が低く塩水の逆流があると言う全く困った土地なのです。
 そのため、木本発祥の地は鬼ヶ城よりの西郷川のほとり、親地町の周辺なのです。小さな半漁・半海賊の集落から始まったようです。
 井戸が掘れないところで、なおかつ背後地より海岸線のほうが数メートル高い地形ですから普通の用水路も引けないという昔では最悪の地形でした。そのため、水には苦労したようです。
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 これは昨日取り上げた『天神さん』にすえられている手洗い石です。元はこの下の親地町にすえられていた上水用の『水槽石』です。
 巨大な物です。満水で2トンの水が入るでしょう。
 作られたのは何と寛政11年(1799年)です。
 木本の水飢饉を見かねて浜地太右衛門と言う人が正徳2年(1712年)に水道建設に着手したそうです。
 落差の大きい高城川という小さな川から取水し、松の木をくりぬいたものを水道管として木本の要所まで引っ張った大工事です。
 こうした『水槽石』に掛け流しておき周辺の人々が汲んで行き、各家のカメに溜めて使ったのです。水が確保されることにより、木本が発展したことは間違いないでしょう。
 同じような物は 
 木本神社    (宝暦7年・1757年) 
 新出町稲荷神社 (宝暦9年・1759年) 
 天理教南紀大教会 (宝暦9年・1759年) に残されています。
 もう少し詳しくは熊野市教育委員会の高札にあります。
 下のデジタルカメラの写真をクリック拡大すると読めるかもしれません。
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カメラは ローライフレックス・オートマットーX
この地図の中央付近にあります

by je2luz | 2007-09-09 11:51 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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