LUZの熊野古道案内

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2007年 08月 02日

熊野の旅 熊野市立小阪小学校 2

 小阪小学校には屋内運動場がありませんでした。
 昔の学校では講堂はあっても体育館が無い所が多かったものです。木造で建てると今のように集成材とかが無いので大きな空間は作りにくかったこともあるのでしょうね。
 ここの学校の敷地は隣に中学校があり、裏には深い谷川が流れる、狭い三角の土地にはめ込まれて拡張できないものでした。そこに屋内運動場をはめ込むとなると、隣接する民家一軒の買収が必要でした。
 この家は、小阪小学校に通ったもう「年寄り」と呼ばれる年代の人には懐かしい文房具屋さん『相谷商店』があったのです。この店もその頃には息子さんもよそに出られてしまい空家になっていました。
 息子さんに譲っていただけるようにお願いしたのですが、ここを手放すと言うことは、生まれ育った熊野・飛鳥と縁が切れてしまうということです。おまけに、田舎の土地ですから買収価格も他所で家を買うのの足しにもならない金額です。本当に気の毒な話でした。
 私の二級下、中学では同じバスケット部にいた子でしたから、会いに出かけていったら、有力者の話では無理だろうと言うことでしたが、譲ってくれました。
 こんなことは人と人のつながりですね。
 地上げ屋のように札束でひっぱたくようなことが出来ない田舎の事業は今でも『誰が頼むか』が成否を分けることが多いです。昔なら有力者が言えば泣く泣く聞く事もあったのですが今はそんな時代ではないですからね。頭を下げるとかの問題以前の所があります。
 こうして、無事に屋内運動場が出来たのですが・・・
 この新築事業で、校舎の裏側に渡り廊下でつながれて残っていた、『木造の講堂』が取り壊されてしまいました。
 こうして、この学校から多くの人の思い出が消えました。その横にあった三軒の教員住宅も消えました。
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 この道路は改修前には国道42号線でした。飛鳥の中心。目抜き通りでした。突き当たりに駄菓子屋さん、右側は食品店で古くは豆腐を作っていました。カメラの後は酒屋さん、そして自転車屋さん、電気屋さん、農協、郵便局、バス停・・・
 今でも農協、電気屋さんは残っていますが・・・
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by je2luz | 2007-08-02 12:26 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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