LUZの熊野古道案内

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2007年 07月 28日

熊野の旅 清流大又川 大又 2

 『大又大久保』が大又川沿いでは最上流の集落です。
 その斜め対岸に『坪田平』と言う集落があります。
 この集落の名前も苗字に由来します。そして、この『坪田家』から熊野市の第二代市長が出ました。財政破綻しかけた熊野市の市長として県庁を四十数歳で退職して選挙に打って出ました。就任後に襲った『伊勢湾台風』の大災害も結果としてはこの人の人気を煽ることとなり、32年と言う長期政権が続いたのです。この図式は同じ頃に代議士になり衆議院議長にまで登った田村元さんも同じです。あの人も、ずたずたになった、自分の選挙区、旧三重県二区をあくる日から歩き復旧の手はずを整えることで神格化されていったのです。
 この二つの集落を結ぶ橋が大又側に架かっています。その橋は、車が渡れる生活道路の橋では最上流にあるのですが、何と言ってもその広さは目を見張るものがあります。
 『広さ』と言うと誤解を招きますね。『狭さ』でしょうね。
 取り付け部分の急坂を下ると、目の前は運転試験場にも無い狭い道になります。乗用車なら渡れるのですが、中型車以上の人は思わず車を止めるでしょうね。
 狭い橋をかけても良い時代にかけたとは言え、恐ろしく狭いものです。大又川に掛かる車のわたれる橋ではダントツ一番に狭いものです。坪田市長が自宅のそばだから気兼ねしたのではないか・・・と言う声があります。
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 この橋の下には簡単に降りることが出来ます。ただ、車を止める場所が無いので他所の人はちょっと遊ぶわけには行かないかもしれません。対岸に渡ってからなら停めておけるところもありますが、くれぐれも地元の人の迷惑にならないようにしてください。
 昔からの水遊び場所では一番上流になり、水は少々冷たくなりますが、これ以上はきれいな川は無いだろうと言う水が流れています。
 私が取材に行ったときは、上天気でも、梅雨時のことなので、少し水量が多く、大雨により川の石もひっくり返って、川底はほとんどノリの付いていない状態で、白く輝いていました。
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 手前の部分が橋の陰になるところです。水深1mほどの結構急流なのですが、全く水が無いように写っています。それほど透明なのです。
 大又川はずっと、このような大き目の『ごろ石』と大きな『岩盤』の川床と川原が続きます。
 大水が出ると石がひっくり返って真っ白になりますが、すぐにノリが付いて黒っぽくなります。それを食べて鮎が大きく育つのです。
 その鮎も、昭和30年代から、ずっと放流したものです。これも、戦後の復興のために作られたダム群のせいです。永久に放流を続けないといけないのです。
 放流した鮎ですから、鮎つりは有料です。一日券なんてのもありますから、お好きな方は遊んでみてはいかがでしょうか?
 子供連れの方なら、川遊びをされるのも良いでしょう。
 ただし、急流や深みがあるので、地元の人に遊べる場所を聴いてから川に下りてください。そして、プールしか知らないような都会っ子からは一瞬も目を話さないでくださいね。はだしで歩けば確実にひっくり返ります。まっすぐ泳いでは流されます。自己責任になりますが、それを教えるのが一番かと思います。

 カメラは フジカST605N+クルタゴン35mm
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by je2luz | 2007-07-28 11:35 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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