LUZの熊野古道案内

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2007年 07月 25日

熊野の旅 通行不能・・・旧矢の川道

 伊勢路から熊野路への道は、熊野古道の時代も大変な物でしたが、近代になっても変わらず大変な物でした。
 尾鷲と熊野の間には紀伊山地が海に落ち込んで行く巨大な山塊が横たわります。
 道路の方は距離的に短い、山越えルートを選んで作られました。
 尾鷲湾に注ぐ矢の川添いに山に入り、急斜面をよじ登って、標高808mの矢の川峠(やのことうげ)を越えて、反対側の大又川に降ります。そして、大又川添いを下り、川が蛇行して山の裏側を進むのに対し、道はもう一度標高400mの峠を越えて、木本へと下る延長42Kmのルートです。
 最初は矢の川峠の道路が難工事で出来ないので、索道で結んでいたようです。
 道路が完成し、連絡バスが走るようになって、伊勢路と熊野路が歩かずに済むようになったのは昭和に入ってからです。
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 今では国道42号線の大改修が昭和40年代に行われ、熊野市飛鳥町大又地内から長いトンネルが掘られ、尾鷲市賀田町の山の上経由、再度長いトンネルで尾鷲側の旧道の下のほうに合流する道路になりました。短縮されたのは7Kmくらいです。しかし、平地の7Kmではなく日本有数の難所の7Kmがなくなったのですから大変な短縮です。
 かつては2時間40分かかって、国鉄紀南線が走っていた道を、今では一時間ほどで走ります。
 写真は熊野市飛鳥町大又の国道42号線大又トンネル入り口から分かれて、旧道に入ってすぐのところです。
 左手の空き地は営林署の貯木場跡です。そして、旧道ははるか向こうに見える山の低い部分を目指してこれからは山道をよじ登ります。
 残念ながら、ずいぶん前からこの道は通行不能です。
 私がアマチュア無線を始めた昭和50年代前半の頃はまだ通行可能だったので、ジムニーに資材を積んでこの道を登ったものです。通行不能になってからは尾鷲側からの道で登ります。
 ここからが矢の川道の矢の川道らしさの出るところで、運転手の気持ちが一段と引き締まる所でした。
 振り返ると今の国道42号線が緩やかにカーブして大又トンネルに向かうのが見えます。
 ここが今では存在すら忘れられている矢の川道の熊野市側入り口です。
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 カメラは フジカST605N+クルタゴン35mm

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by je2luz | 2007-07-25 10:58 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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