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LUZの熊野古道案内

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2007年 07月 22日

熊野の旅 温室みかん

 紀州は古くからみかんの産地です。
 紀伊国屋文左衛門は紀州のみかんで財を成したとか・・・
 近代でも、昭和の一時期にはみかんで稼いで「みかん御殿」を立てた人も居たようです。
 国がみかん作りに力を入れ歯した頃・・・そうです、熊野市に『金山パイロット』が完成した頃からは、みかんの価格は暴落の一途をたどりました。
 近代的?大規模農園のパイロットでさえ、赤字続きです。
 そのパイロットも、ようやく農園のかなりの部分をやめることが出来ます。
 お役所主体の『交流拠点』とやらと言うものが出来るからです。
 これはバブルの頃に計画された、採算性の全く見込めないものです。
 農業の補助金で金を出すか、違う施設で金を出すかの違いですが、新しい施設を作り、何億も放り込んで、なおかつ、パイロット農園以上に赤字が見込まれるのに・・・
 いやいや・・・コンサルタント会社の書いた企画書ではちゃんと元が引けることにはなっているのです。
 でもねえ・・・これが赤字になることは麻生外務大臣の発言じゃないですが誰にでも分かることです。

 みかんと言うもの、かつては秋の運動会の頃に『青切りみかん』がやっと出てきたものです。
 その秋の運動会は、昔の遅い稲刈りが終わる頃でしたから10月後半だったはずです。それでも、ものすごく酸っぱい青いみかんでした。
 品種改良で少し早くなり、9月には青切りでもう少し甘いのが出るようになり、そのあとは温室の登場です。
 温室も自然加温のものから始まって石油ストーブ、重油ボイラーとエスカレートしてゆきました。
 出荷時期も8月が7月になり、7月が6月になり・・・
 路地物で言えば、今頃は早生でもようやく摘果が終わった頃です。
 多額の投資をし、ランニングコストも掛かる大型温室での栽培です。高くは売れても一度大型台風に直撃されると・・・それに、温室内での消毒作業・・・やりたくないですね。
 まあ、今は『砒素』を使ったみかんを甘くする処理は禁止されてやっていないはずです。
 『みかんは皮を食うものじゃない・・・』と言う感覚でやっていましたからね。決して今の中国を非難できないことがまかり通っていたのです。
 国内の農産物には検疫がありません。引っかかることのほとんどありません。
 お百姓さんが死ぬような消毒こそ近年はしていないようですが・・・
 まあ、何でも良く洗うに越したことは無いでしょう。それに、農薬のビンや箱には、『収穫の何日前までに使用をやめるように』と、きちんと安全基準を書いてありますから、よもや、文盲の居ない日本ではそれが分からない生産者は居ないでしょうからね。『大船に乗ったつもり』になってください。それに、みかんは野菜と違いむいて食べるものです。
 路地物が出てくればみかんは安い果物です。
 これから先、ブラジルなどの果樹園がバイオ燃料用の作物に変わってしまって、オレンジなどが品不足になるかもしれないそうです。ぜひ、今年あたりに安いみかんを腹いっぱい食べて置いてください。
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 これは1989年11月金山パイロットでのみかん狩りの一こまです。
 すでにこの頃にはレジャーの多様化で他所から熊野までみかん狩りに来る人は激減していました。
熊野三山と熊野の地図へ   ←←←←をクリックすると案内図が開きます。

by je2luz | 2007-07-22 11:54 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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