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LUZの熊野古道案内

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2007年 07月 18日

熊野の旅 昔は・・・  道と生活

 今のように道路交通法だとか、道路占有許可だとかうるさくなかった時代・・・
 日本中の道路では、道端で物が干され、夏になれば夕方には演題が持ち出され、家によっては夕食まで外で・・・庭ではなく、道で食べたりしたものです。
 日本の町屋は家の前に庭がなく、玄関を出ると、軒先の分だけが自分の敷地で、すぐに道です。
 だから、家の前の道が自分の庭のようなもので、いろんな使い方をしました、使う代わりに、掃除もしました。地道でしたから水もまきました。道が生活に密着していたのです。
 道にはみ出そうと、子供が遊んでいようと、昭和30年代くらいまでは問題はなかったのです。
 私がガキだった頃がその時代です。
 子供時代をすごした飛鳥町では『自家用車』を持った家は一軒もありませんでした。『自家用』と書いてあっても、材木を運ぶトラックだけでした。
 中心部の木本に下りてきても、タクシーはありましたが、自家用乗用車なんて・・・
 かの、ダイハツミゼットが発売された頃から大きな酒屋さんなどが自動車を使い出したくらいです。荷物の配達は『●通』と言われた日本通運が一手に引き受けていました。
 木本の本町通などでは車が無い代わり、人の流れは今とは比較にならないほど多くて賑やかでした。
 そして、一時期、車が増えて本町でも車の対向や、駐車している車で頭を悩ます時がありました。
 今は・・・又、車に関しては昔に戻っています。
 最早、開いている店は数えるほどしかなく、商品納入の車などもほとんど来ません。
 違うのは、他所の人が買い物に来ることもなく、人も居なくなったことでしょう。
 それと、道を使うのもすごく遠慮がちにしか出来なくなったことでしょうか・・・
 閉鎖的な町屋の作りが、人や生活と道とのつながりが切れたことにより、なおさら、人を寄せ付けない通りを演出するようになりました。
 整然とした石畳も、それを強調するようにも見えます。
 こう見えるのは私だけでしょうか・・・
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カメラは ツァイス・コンタフレックス+プロテッサー35mm
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by je2luz | 2007-07-18 11:03 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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