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LUZの熊野古道案内

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2007年 04月 13日

熊野の旅 お江戸への道 国道42号線

 熊野から花のお江戸に登る順路は随分変遷したようです。
 昔々は、今で言う熊野古道の一部になってる『伊勢道』を行き、伊勢路を北上し塩浜街道などをとおり東海道に入ったのでしょう。
 いまも、一般道路を通るとほぼ同じルートを通ります。
 紀州といえば国道42号線が走っていて、どちらから来ても南紀へ入る代表的な道路になります。
 この国道42号線と言うものは番号が比較的速いものになっていますが、それもそのはず、昭和20年1月(1945)と言いますから、終戦前に国道41号として東京から和歌山市までを41号として指定したのが始まりだそうです。
 途中は国道1号線(東海道)と併用し、四日市追分からは国道23号線と併用しているので、実質は松阪から紀伊半島をぐるっと回って和歌山までです。
 昭和28年(1953)に法改正でこれが二級国道の170号線に格下げ?されました。
 しかし、昭和34年(1959)一級国道に昇格し42号と言う若い番号をもらったものです。
 この一級国道昇格とともに改修計画が立てられ、一車線砂利道、険しい峠越えの連続であった道路が順次二車線舗装道路になり、矢の川峠のような場所は当時としては日本有数の長さと言うトンネルを掘って今の形になったのです。
 そして、なんと今から14年前の平成5年(1993)に伊勢湾口道路を推進するために大幅なルート変更がなされました。
 松阪まで出た42号はいきなり引き返すような感じで鳥羽に向かいます。そして、そこからは道が海の上に・・・もちろん、橋など出来ていません。民間のフェリーが伊良子まで運行してそれが国道代行となっています。伊良子からは渥美半島を北上し浜松に向かいます。
 伊勢湾口道路の橋は地図で見ると東京から関西に向かう近道にもなるのですが、伊勢湾をまたぐ長大な橋、それから先の険しい山越えなどから、東海道のバイパスとして工事する投資効果は無いように思えるものです。
 今でも、この道路の実現を目指して運動を続ける団体も存在します。確かに、三重県南部や伊勢志摩から東京は近くなりますが、何を運ぶ?誰が来る???なのです。
 瀬戸内に三本もかけるくらいならそのうちの一本をまわしてもらっても良かったのかも知れませんがね。
 第二東名の工事も少しずつ進んでいるようですから、ますます、この伊勢湾口道路の需要はなくなっていますが・・・ある日突然『着工』なんて話が起きるやも知れません。それが、日本の道路行政、道路族、建設族ですからね。ただ、地元出身の大物。田村、藤波の両代議士の時代に着工しなかったので道は遠くなったでしょうね。
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by je2luz | 2007-04-13 10:48 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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