LUZの熊野古道案内

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2005年 05月 12日

熊野の古民家

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 熊野が歴所に出てくるのは非常に古いです。
 『古事記』にイザナギ・イザナミの二人の神が火の子を産んだ地がここ熊野の有馬だそうです。それについては後日紹介いたします。全部狭い範囲のかたまっていますので、無精者の私でも言ったことがあります。我が家から2Km以内に全部揃っていますから・・・
 ここ熊野の木本と言う町はその昔海賊の本拠地でその名も『鬼ノ元浦』と、呼ばれていました。
 このあたりではすぐそばの南牟婁郡御浜町市木が元の『一鬼』で尾鷲市の『九鬼』まで順に揃っていたそうです。その大元締めがここ『キノモト』だそうです。
 その割には小さな漁村だったようでさほど古いものは残っていません。明治、大正、昭和と時代が新しくなると鉄路が大阪からここまで届き、終点になっていましたから尾鷲方面への連絡の『巡航船』を待ち合わせる宿場として、また紀州材の一つの集積場として繁栄する様になりました。そのころに一気に町も広くなったようです。江戸時代末期の地図と戦争当時とまるで町の範囲が違います。と、言っても狭い町ですがね。
 戦災ではグラマンによる機銃掃射は受けましたが焼かれることなく残りました。おかげで明治から昭和にかけての建物は残されています。高度成長期には過疎が進みだし、再開発などと言う破壊からも救われました。おそらくこのまま歴史が止まったように残され、無人化した家が順に壊されるようになるのでしょうね。
 少し長くなりますのでこの続きは明日と言うことにして、この木本きっての旧家が解放されて古道散策の休憩所になっています。とりあえずその建物の外観を紹介いたします。建築は明治中頃とか言われています。

by je2luz | 2005-05-12 19:08 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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