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LUZの熊野古道案内

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2007年 03月 13日

熊野の旅 不思議な無人駅 大泊駅

 JRが国鉄と呼ばれ、列車の窓がまだ開いたころの大泊駅はにぎやかでした。
 旅客なんてそのころからほとんど居ませんでした。小さな集落にできた駅ですから居るはずも綯いのです。
 ここ大泊は戦後すぐに付け替え開通した国道42号線の『佐田坂』の上り口です。ずっと海岸線を走ってきた国道42号線はこの先のリアス式海岸を避けて一路山越えにかかります。そのほうがはるかに近いからです。
 そしてこの奥野山の中に、テネシー計画を思わせるような戦後復興をかけた『熊野川総合開発』の舞台があり『七色ダム』『池原ダム』などのダムが作られたのです。
 ダムと言うものはものすごい量のセメントの塊です。そのセメントは地元で作ることができなければ運んでくるしかありません。そして、貨物列車によって山陽方面からどんどん運ばれてきました。
 そのセメントは一番便利な『大泊駅』で下ろされ、サイロに入れられました。ここからは悪路を越え現場まで運ばれたわけです。トラックが通れるだけの道路を確保するために国道169号線などは改良されました。改良と言ってもその投じの改良ですから一車線に退避場つき程度ではありましたが、新しい道路も作られ『電源道路』と呼ばれたりしました。
 当然、ダイナマイトなども運び込まれ、完成が近づくと発電機の部品もここか運ばれました。
 分解しきれない発電機の心臓部の『ローター』は巨大で後ろの車輪も舵がついたトレーラーで運ばれました。
 こうした国家事業を支えた駅であったので引込み線も何本もあり、線路の脇には『セメントサイロ』がありました。その名残でサイロはありますが、今はセメントはトラックで来ていますね。
 引込み線は外されてしまいましたが、貨車の待避線は一部残されています。底を利用して保線区の資材の一時的な置き場や社業等車両の一時置き場になっています。
 大泊駅に行くとそうしたへんてこな車両が見られることがあります。
 もちろんここは無人駅です。国鉄官舎などもありません。青空週者の状態ですが、乗り逃げする人も居ないでしょう??今の金属泥棒なら分解してしまうかもしれませんが・・
 そのためか、旧駅敷地を民間の払い下げ民家が立っています。それも、待避線に入れた車両との隙間に人も入れないほどぎりぎりまで払い下げていますから、ここでは分解は無理でしょうね。先見の明があってここまで払い下げたのか???
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 カメラは センチュリーグラフィック23
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by je2luz | 2007-03-13 11:26 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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