人気ブログランキング |

LUZの熊野古道案内

je2luz.exblog.jp
ブログトップ
2007年 02月 20日

熊野の旅 過ぎたるもの・・・

 『過ぎたるもの』と言うか、もはや無用の長物と言うか・・・
 計画されたのは昭和40年代には行った頃なのか、それ以前なのか・・・
 私がはじめて市長室と言うところにお邪魔したときに、応接間の机の上に箱庭が座っていました。
 『熊野市営球場』などを中心とする『山崎運動公園』の立体模型です。
 小学生の夏休みの宿題では在りませんよ。コンサルタントが千万を越す金をふんだくった夢の計画に基づいて作られた、プロによる高価な箱庭でした。
 場所は有馬町山崎・・・産田川が作り出した沼地です。砂利浜から海に出なければならない産田川の遊水地です。実に広大な芦原でした。
 その計画が出来てから、それこそ『幾星霜』・・・最初に出来たのがサッカー場・・・もちろん地元のサッカークラブなどありませんがね。
 そして、ご覧ください・・・やっと完成した立派な野球場です。
d0045383_11211981.jpg

 計画された頃には草野球チームもまだ何とか元気でした。そして、県下の市役所対抗野球大会でも強豪だった市役所チームも元気でした。
 計画から30年も余ってかかるようなことでしたから、若手の選手が引退するような状態です。
 まして、過疎化が進みチームの維持も・・・
 旧野球場の両翼は80mほどです。素人でもフェンスが超える程度です。ホームランの楽しみも在りました。草野球の外野を守っても安心でした。後逸しても三塁打で済みました。
 この新しい球場は当然のこととして100m級です。草野球にはいささか広いですね。
 私もある団体での野球大会に出ていました。もちろん古い球場時代です。スタンドも小さく、グランドといったいみたいでした。
 今度のは立派な分、スタンドとグランドはまるで別の世界です。とても、かあちゃんや彼女に『がんばれやーー』『まかせとけー』・・・などと和やかにやる雰囲気ではなくなりました。
d0045383_11333546.jpg

 人口21000、65歳以上が30%、市内のリトルリーグも維持できない児童数・・・
 航空機時代に出来た戦艦大和より厄介です。大和は日本人の誇りになりましたが、こちらは熊野市民の誇りにはなりえませんからね。
 計画した以上は時代が変わっても作ってしまう・・・ですよね。

by je2luz | 2007-02-20 11:37 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://je2luz.exblog.jp/tb/4785934
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]


<< 熊野の旅 山崎児童公園      熊野の旅 熊野市立新鹿小学校 >>