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LUZの熊野古道案内

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2007年 02月 19日

熊野の旅 熊野市立新鹿小学校

 町村が合併を重ねた熊野市には沢山の学校があります。地形が複雑で道すら出来たのが戦後になってからなどと言うところがあるくらいですから、元々の村もかろうじて往来できる範囲と言う感じで作られて居ました。そして、その村ごとに少なくともひとつの小学校は必要だったのです。
 中心部に作られた学校までの道のりが長くなると少し大きな集落ではきちんとした学校を作り、小さな集落では分校を作りました。
 昔の学校建設には地元負担金がありました。
 地元負担金と言っても、国費のほかに地元の村が負担すると言うのではなく、地元の人民が寄付をして金を作ると言うことです。
 こうした地元負担の関係もあり、学校の建物は地元の熱意や経済状態を反映するので、校舎なども今のように金太郎飴ではなく、村や集落による差がありました。
 今日の新鹿小学校は新鹿が大きな村であったときに建てられたものなので、校舎の規模も大きく、しっかりしたものです。
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 熊野市内に現存する木造校舎では一番きれいな学校です。
 職員室のある母屋?と二階建ての離れ?がL字型に運動場を囲んでいます。
 この大きな学校も今では一学年数名と言う状況になってきて校舎の掃除も思うに任せなくなってきています。
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 昔はこの廊下も大勢の生徒が四つんばいで元気良く雑巾がけをしたものでしょう。磨きだされて木目が出てきたきれいなものです。
 こんな掃除当番も、生徒が多ければ交代でやってゆけますが、一学年数名では毎日やっても手が回らなくなります。
 たまたま、この写真を撮りに行った日に卒業記念写真を撮っていました。
 卒業生は三名・・・
 波田須小学校を閉鎖して合流させてもこの状態なのです。そして、この状況が豪華の方向に変わることはありえないのです。
 こうした現状からこの校舎も取り壊される運命にあるようです。
 こうして村の歴史も特徴も思い出も各地から消えてゆくのです。
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                  (顔が見えない程度に小さくしてあります。)
カメラは フジカST605N+クルタゴン35mm
熊野三山と熊野の地図へ   ←←←←をクリックすると案内図が開きます。

by je2luz | 2007-02-19 11:38 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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